ワンカップ大関 ⑤

 ゼーハーゼーハー

 やっと、やっと、追いついた。

 最初は全力で追いかけていたが、途中から体が追い付かなくなってきて、早足くらいのスピードで追いかけていた。

 そこは、ほら、僕、不登校児ですから……

 いつまで経っても、追いつかないような気がしたが、店から離れて2キロくらい離れたところにある公園で、お兄さんが立ち止まってくれていたから、追いつくことが出来た。

「あ、あ。あの、は、話が~」

 肩で息をしながら声をかける。

 すると、お兄さんはびくっ!となって振りかえり、すぐに「なんだ……」という表情になる。

「確か、君はあの店の人だよね?」

「はい」

「何かぼくに用かな?」

「百合さんが、あなたに謝りたいって」

「そっか……」

 そして、二人の間に沈黙が訪れる。

重い、重い、重い雰囲気に何か話さないとと思っても、どうしても口が開いてくれない。

 どうしよう、どうしようと軽く錯乱していると、お兄さんがいきなり、手に持ったカップの蓋を開けて、一気に飲み干したのだ。

「ほへ?」

 錯乱と驚きで、頭がフリーズする。

 そんな状態の自分を置き去りに、彼は話始める。

「僕は、昔からみんなに真面目だとか、しっかり者だねって言われてきた」 

 今にも雨になりそうな様子。

「だから、僕はみんなの期待に応えられるように頑張ってきた。周りに残念がられないように頑張ってきた。みんなの役に立てるように、ずっと前から警察官になるって決めていた。だけどね、僕じゃ警察に慣れないみたいなんだ」

 ぽつり、ぽつりと大粒の雨が降り始める。

「三年間、試験を受け続けた。いろんな県の試験を受けた。でも、全部落ちた。

最初のうちは、なにくそって頑張れたけど、積み上げられた不合格にいつの間にかそんな気も薄れていった……」

 止めどない雫は、こんな理由さえなければ綺麗だっただろう。

「僕はもう嫌になった! 試験も夢も。周りからの視線、期待、プレッシャー、その全部が。だから、これから僕はダメ人間になるんだ! みすぼらしい恰好で酒に溺れて、自分のためだけに生きていくんだ」

 決意をしているようだけど、声音には全く力がこもっていない。

 その様子は、無理やり自分に言い聞かせているようであった。

「もういいだろ! 君も店に帰りな」

 その言葉に、何も言い返すことが出来ず、とぼとぼと店に帰った。


「すみません」

 店に帰ると、すぐに百合に謝った。

「いいのよ。頼みを聞いてくれてありがとうね」

 出会った日に見たような、無理に作った笑顔で頭を撫でてくれる。

「私も、今度会ったら話してみるわね」

 そうして、今日のお喋り会はお開きになった。

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