モエ・ド・シャンドン 完

 ゆうき君との一件から、数日が過ぎたころ。

「大輔これ見ろよ」

 仕入れてきたビールやワインをトラックから降ろしていると、天音が携帯電話の画面を見せてきた。

そこには一枚の写真が写っている。

 ゆうき君とどこかゆうき君に似ている感じがする男性。たぶん、お父さんだろう。

二人は一本の瓶を持って、満面の笑みを浮かべている。

「あの子の母親から送られてきたんだ。父親は喜んでいたみたいだぞ。」

「それなら、良かった~」

 ゆうき君のためを思って、行動したがそれがいい方向に働いてくれてよかったと思う。

正直、どうだったんだろうと気が気でなかったから、知れてよかったと思う。

「よーし! 残りも頑張りますか」

 気がかりが消えて、心が軽くなった。今なら、どれだけでも働けそうだ。

いそいそと仕事に戻る。

 トラックの荷台に戻って、奥の箱を取り出すと、その箱にはMOETと書かれている。

おそらくこれが、今回の一件のモエだろう。

 もう一度、目に焼き付けておこうと思って箱を開けて瓶を見る。

「えっ——————?」

 思わず声を上げると、

「おい、大輔まさか割ったんじゃないよな?」

 と天音が走ってこちらに向かってきた。

「違うんです。これってあのモエですよね?」

「ああ」

 やっぱりそうだ。なら、あの時のは一体?

「天音さん、ゆうき君に僕が持っていたの、モエじゃなかったんですか?」

 あの時、僕はモエを持っていったのだと思っていた。だが、今手元にあるモエと持っていった瓶は明らかに違っているのだ。僕のもっていった瓶は何というかもっと軽くて、もっと安っぽい感じだったはず。

 天音はそんな事か、という感じの表情になって

「あの時、渡したのはシャンメリーだよ」

「はい?」

「モエに似ているシャンメリーを渡したんだよ」

「なんで?」

 だって、あのお父さんが好きなのはモエなはず。子供用のシャンメリーなど渡しても…

「大輔はこういったよな? あの子とあの母親の両方が満足できるようにして欲しいって」

「はい…」

「あの時、私たちが大損すればモエをあげることもできたわけだが、そうすると、あのお母さんは喜ばないだろ?」

 確かにそうだ。あのお母さんは無理してまで、子供の願いを聞かないで欲しいと言っていたのだ。

「そうですね」

「だから、あの子が持ってきたお金で買えるもののほうがいいと思って、モエに似ているシャンメリーに母の日用の赤いシールを貼ってあげたんだ。」

 確かに、そうすればゆうき君の言っていた条件は満たされる。

「でも…」

「もちろん。先に母親に了承は貰っているぞ」

「そうじゃなくて…ゆうき君はモエをあげたって思っているのに、そんな騙すようなことしていいんですか?」

「いいのさ」

「えっ!?」

「あの子が大きくなって、モエを飲んだ時に、あの時渡したのがモエじゃないことに気が付いたとしても、騙されたということよりも、父親を笑顔に出来たんだって記憶が思い出せるだろ。

それに、その話のタネに父子でモエを飲めたら、楽しいそうじゃないか?」

 そこまで考えていなかった……

今、お父さんを喜ばせればいいと思っていた。でも、天音は違ったのだ。

ずっと、先のことまで考えていてくれたのだ。

「ありが—」

 今回の件の感謝を述べようとしていると、遮られる。

「それに、例えあの子が文句言ってきても、負けないしな!」

 ガキ大将のような顔でそういうのだ。

「はぁ……」

 折角の僕の感心返せよ。これだから微妙に尊敬できないんだよな~

「なんだよ」

「何でもないでーす。それよりも、早く終わらせましょうよ!」

「ああ」

 天音はもう一度、笑顔を作って仕事に戻っていった。

本当に眩しい笑顔を。

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