会食当日の言動

 このご時世にむざむざネットで公言したくは無かったのですが、結局、会食には参加せざるを得ませんでした。

 一応、抗原キットで参加者全員の陰性を確認。私達一家が帰るまでの外出禁止も徹底させました。

 ただしその月末に、消費者庁より市販の抗原キットの公的な有効性は否定されましたが。

 あれから3ヶ月以上経ちますが、発熱も何もなく、至って健康です。

 ともあれ、感染しなければ良いと言うわけではありません。

 それを厭わない人間と付き合わねばならない事が問題です。

 仮にコロナが終息したとしても、その危険性に変わりはありません。

 新たな敵の出現と言う事で、当日、嫌でも観察の目を向けずにはいられませんでした。

 

 まず、先方の実家に到着。

 当然ですが、抗原検査から始まります。繰り返しになりますが、全員無事陰性でした。

 義姉に対し、キットの代金を今一度確認。

 さらっと、全員分の金額を請求されました。

 義父母、義姉、その子供達の分まで全てです。

 目の前で行われている支払いに関して、義父母は全く関与せず。

 前日、義父は義姉に対しては「お前が払う事は無い」として支払いを申し出たそうですが、我が家が払うとなると、その言葉はありませんでした。

 ここまで、私も義姉もこれまでと変わらない態度でした。

 元々私は口数が少ないですし、まして先方の実家はアウェーなので。結果的にいつもと変わりありません。

 義姉の方は、何となく私に話し掛けづらい様子にも思えました。これまでより、一対一の会話が減ったのは確かだと思います。

 変なタイミングでお茶を勧めてくれたり、顔色を見られている気もしました。(お茶は私の側にあったので、誰かに取ってもらう必要もありませんでしたし)

 微妙な距離感の相手を探りながら接するのは当然な気もしますが、序盤のタケさんも、変な気の使い方をしてきた覚えはあります。

 やはり、この段階が重要なのかも知れません。

 ここで主権を全て売り渡してしまうと、勝手な隷属関係を作り上げられてしまうのでしょう。

 義姉には評価されてもいけないし、見下されてもいけない。

 この、ほどよく疑心暗鬼になってもらった宙ぶらりんの状態をいかに維持するかが大事でしょう。

 なるべく対話を少なく抑え、相手に判断材料を与えない。「無視された」既成事実を与えない程度の塩対応に終始する。

 今のところ、これがベターな気がしますが……相手がずっとそれを許すとは限りません。

 

 疑惑が決定的になった出来事がありました。

 隣の部屋から、義姉と妻の話し声が途切れ途切れに聞こえてきます。

「結局、どう思ってるの?」

 など、非難がましい抑揚でした。

 後から妻に聞かされた所、やはりと言うか、私に対する非難だったようです。

 面と向かって私に言えない。

 しかし恐らく、あわよくば私に気付いて欲しい。

 普通の人間でも「本音を聞かせたいが言えない」ジレンマはあると思います。

 しかし、大抵は結果に責任を持ち、どちらかスタンスをはっきり決めるでしょう。

 聞いて欲しいなら反論を覚悟する。反論されたくなければ聞こえないようにする。

 浮かんだ欲望の取捨選択が出来ない義姉は、聞かれる事と聞かれない事のメリットだけを都合よく望み、こうした中途半端な態度に出たのでしょう。

 これも、妻からすれば、図太いから周りを気にしない“だけ”と言う性格の違いに映っているようです。

 

 正体がわかると、息子に対する奇行も明らかになってきます。

 当初、妻は息子に対して自分を「お母さん」と呼ばせようとしていました(小さい子には結構難しい事がわかったのですが) 

 そして、

「じゃあ、私が“ママ”で」

 とズケズケと言ってのける義姉。

 これは、会食事件が起きる更に半年前の事でしたが、

 会食事件当日、性懲りもなく自分を「ママ」だと呼ばせようとして、流石に妻に止められていました。

 人の子供に親と呼ばせる。

 普通は冗談でもやりません。

 自分の子供にこれをやられると、吐きそうな程の嫌悪感を覚えます。

 私が「息子をさらわれる可能性もゼロではない」と危惧する所以です。

 義姉も、気の毒な身の上ではあります。

 今、彼女には自分の子に対する親権はありません。

 彼女の子供が会食に参加しているのは、面会と言う意味合いもあります。

 だからでしょうか、まだ物心ついていない私の息子を物欲しそうに見てしまうのは。

 妹の子供だから何らしがらみも無く、単純な我が儘は言うが、思春期の子ほどの難しさもない。

 彼女のように目先の虚飾と欲望に飛び付く人間にとっては「子供を可愛がる自分」を味わうには、うってつけの存在では無いでしょうか。

 毎回、どこにそんなお金があるのかと言うほど、息子に物を買ってきてくれます。

(当初、抗原キットを買ったらお金が無くなった! と喚いていた人物とは思えない太っ腹さです)

 今はまだ、息子は物に釣られる歳ではありません。

 実際、会食の日、息子は義姪達にはすぐ心を開いたのに対し、義姉には最後まで警戒心をあらわにしていました。

 しかし、今後はそうも行かないでしょう。

 私の叔父も、義姉のような性質の人間だったので、身をもってわかります。

 おもちゃを買ってくれる大人は、やはり好かれやすいものです。

 幼少時代はお小遣いの財源に乏しかったので、叔父には今でも感謝していますし、今も私の息子の為に色々と買ってくれようと張り切っている姿を見るとありがたくは思いますが……。

 義姉は、決して他人に“精神的に与える”事をしません。

 と言うより皆が精神的に与え合い、支え合っている姿の本質を理解しないため「物質的に与える」「場当たり的な親切を見せる」と言う方向に行ってしまうのでは無いかと思います。

 

 息子が寝ている側で、妻に「懐かしい曲だ」として大音量を流す。

 妻がやめてくれと何度も頼んでも、「でも懐かしいでしょ?」

 まあ、これが甥に対する愛情なのでしょう。

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