発達障害を疑う前に

 そもそもストレスチェックに引っ掛かるより前に、私は自主的に、心療内科に通院していました。(何度かくそみそに貶したB病院ですね)

 何故かと言うと、A社での事で自分が発達障害ではないのか? と疑っていたためです。

 どう説明しても相手に「言っている意味がわからない」と言われ、わかっているのに同じミスを繰り返す事もある。

 自分に悪気が無いのに、相手をひどく怒らせてしまう。どうやら気付かないうちに失言をしてしまっているらしい。

 曖昧ファジーな指示や意見が理解できない。

 これらの点から、パワハラ被害者の中には自分を発達障害だと疑ってしまうケースも少なくないのでは? と思います。

 実際に軽く調べた感じでは、自分を発達障害だと疑っている人は相当数いらっしゃるようです。

 

 実例として、私の場合。

 まず、さる知能テストを受ける事になりました。

 B病院に対してはもはや不信感しかないのですが、これに関しては(B病院での主治医だった人とは別人の)専門家が実績のある手法を取ってのテストだったので、信憑性は一応保障されています。

 結論から言えば、このテストの結果で具体的な病名はつきませんでした。

 よく知能指数を表す言葉としてIQと言う物が用いられますが、これには大別して二種類あるそうです。

 直観的な洞察力に関わる“動作性IQ”と理屈や論理の力に関わる“言語性IQ”です。

 私の場合、動作性IQがやや低めで、言語性IQが高めという偏りが見られたようです。

 ただし低めとは言っても、医学的には“健常”の範囲内であり、それゆえに病名がつかなかった……と言う次第です。

 推測ですが、サッカーやバスケットボールのような団体競技が上手い人は、動作性IQが高いタイプなのでは無いかと思います。

 そしてこれも推測ですが、A社のようにリーダーが常にバタバタしていて余裕の無い職場において、私の動作性IQの低さは相手をイラつかせるきっかけになり得るのでは無いかと。

 一度嫌いになった相手は、その一挙一動・一挙手一投足が目につくようになります。

 最初に抱いた嫌悪感が徐々に育っていった結果があれだとしたら……可能性は充分だと思われます。

 

 それはともあれ。

 私は発達障害では無い、と言う事が、専門家による専門的手法で証明されたわけです。

 そこでもう一度、私が自分の発達障害を疑う理由をおさらいしてみました。

 

 最たる原因として、説明の意味が理解されない事。

 これについては、すぐに察しがつきます。

 A社の人達の言動をよく観察すると、本当に私の言葉を理解していない人間がダイさんしかいなかったと言う事です。

 確かにタケさんにも細かい言葉尻を捉えられたり国語力を貶されたりしてきましたが……冷静に考えると、理解できないとは一言も言われてません。

 「理解できない」ことと「この言葉は気に入らない」と言うのは全く別問題です。

 実際、感情的になって目が曇っている時を除いて、タケさんはこちらの言葉を理解自体はしていました。

 そして、他の同僚も、プライベートでの知人にも「言葉の意味が分からない」と言われた事はほぼありません。

 あったとしても、常識的なレベルと言いますか、人と人の付き合いでたまにある程度の、当たり前の食い違いだけです。

 ダイさんは私が嫌いでした。喋るだけで癇に障ります。だから、最初から何を言おうと撃ち落とす気満々だったわけで。(常に心のゆとりが無かったのもあるでしょうけど)

 だから以前も本文で述べた通り「酷い時は第一声が終わらないうちに」脊髄反射で「意味が分からない」と返される。

 それと、タケさんの「絶対に私の言葉を肯定しない」と言うスタンスをごっちゃにした結果「自分の伝え方に問題がある」と思い込んでいたわけです。

 更に性質の悪い事にこの「何を言ってるか分からない」という言葉、幼少期から父親にもよく言われていた“実績”があったのです。

 父親は別に私が特別嫌いなわけでなく、ただせっかちなだけだったのですが……うまい具合にダイさんの言ってる事と重なってしまいました。

 一人から言われるより、二人から同じ事を言われた方が、説得力は格段に増します。

 とりわけ、パワハラ職場と言う密室で頻繁に言葉尻をとらえられ続けていれば……「自分の伝達力に問題がある」=発達障害を疑うきっかけの温床ではないでしょうか。

 とにかく、こういう場合の対処としては、

 職場から離れた、なるべく中立公正な知人を基準に、自分の言葉が本当に伝わりづらいかを再度考える……と言った所でしょうか。

 

 相手を怒らせてしまう事に関しては、言うまでも無いでしょう。

 パワハラ上司は“怒りたい”と言う欲求が先に来ているので、何を言おうと理由にされるだけです。怒られて当たり前の相手であり、その理由がわからないのも当たり前。

 これに関しても、からくりは単純です。

 タケさんは、他部署の人間に好かれるのが上手い人でした。

 そんなタケさんが常に罵倒している相手(私やナガ君)を、タケさんと仲のいい人たちはどう思うか。

 その人たちに対して何もした覚えがないのに、冷淡な態度を取られる。

 味方の敵は敵、と言う先入観でしか物を見れない人達は、存外多いものです。

 そんな人達に無条件で嫌われたからと言って、委縮する必要は何処にもありません。むしろお近づきになれなくてラッキーですらあります。

 

 わかった上でのミス、ミスの繰り返しに関しても、まともな環境下で振り返ればわかりきっています。

 常に横から茶々を入れられ、いつリーダーからの襲撃があるかわからない状況に備えた上で日常の業務もこなさなければならない。

 そんな視野狭窄に陥っている状態と、仕事にのみ集中できる状態とでは、精度が違うのは当たり前です。

 意図している・していないに限らず、パワハラ上司の目的は「部下を罠にはめて叱責の理由を作る事」です。

 そうでなければ聖徳太子のような超人を当たり前に求める偏執狂か。むしろそっちの方が怖い。

 

 曖昧な指示が理解できない。

 そもそも“曖昧な指示”を出す方に問題があり、前述の相手を怒らせてしまう事と同様、敵は貴方を理解する・貴方に理解させる気が更々ありません。

 貴方に仕事を完遂させるのが目的ではなく、怒るのが本当の目的なのですから。

 むしろ、すんなり理解して正解されると困るのでわざとボカした表現をしている事すらあるでしょう。

 また、まともな職場環境では、全ての作業が理路整然としたルールによって構築されており、仮に指示そのものを瞬時に理解出来なかったとしても、ヒントとなる要素が随所にちりばめられているので、自ずと正解が選びやすいように出来ています。

 勿論、聞き返してキレられるなどもってのほかです。

 その点、A社ではルールが上の気分でコロコロ変わり「他人の作ったルールに頼って思考停止するな!」と言ういかにもな叱責を浴びせられるのが日常でしたから、理解出来なくて当然だったわけです。


 まとめます。

 職場の問題より先に、自分の発達障害を疑う事は早計です。

 メンタルヘルスもそうですが、定義が曖昧なまま自己完結出来るほど単純な問題ではありません。

 知りたければきちんと専門家の処置を受け、状況の再分析をしましょう。

 とはいえ“パワハラ禍”の只中に居る人が、そこまで冷静になるのは困難だからこその思い込みではあるのですが。

 そして正直に白状すると、私の場合「何か病名がついてくれれば気が楽になる」という気持ちもありました。

 けれど、それでは何も解決しません。

 

 

 

 余談。

 “試しに”タケさんに対して、私の中の発達障害疑惑を「情報を小出しにして反応をうかがいつつ」観察して見た事があります。

 (本来、私は人間観察という言葉が好きではありません。しかし、この人達に関しては観察して得るものが無いとやってられませんでした)

 結果。

「友達に福祉関係の仕事をしている人が居るが、その人曰く“偽物ほど自分の障害を主張する。本当に障害のある人は障害に甘えず全力で生きてる”」だそうで。

 予想通りと言うか、予想以上の誤謬。その友達とやらがどういうポジションに居るかはわかりませんが“甘え”と言う仕事の上で口にしてはならないタブーを口にする時点で三流と思われます。

(余談の余談。私の中での二流=最低限の事しか出来ない・しない 三流=最低限のルールすら知らない)

 それを受けて「具体的な病名がつかなかった」という事実を開示して見る。

「じゃあ、何があっても言い訳できないな。健常者なんだから」

 と、言う事です。

 だから、自分が病気なら良い、という考えに陥るのは何の解決にもなりません。

 極まったパワハラ上司は、貴方を仕留めるまで決して持論を曲げる事は無いのです。

 

 

  

 更に余談。

 B病院では“ストラテラ”と言うかなり強い薬を処方されました。

 門外漢なので詳しい言及は避けますが、発達障害の症状緩和を期待できる薬のようです。

 これを、知能テストで病名無し、と判定されてからも飲まされ続けました。

 当然、効果が無かったのは言うまでもありません。

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