最初はブラックでは無かったA社

 本文では、基本的にタケさん・ダイさんと言うパワハラ上司二名に焦点が行ってましたが、A社そのものがブラック企業であると言う事も何となく伝えられたかなと思います。

 しかし、そんなA社も、私が入社した当初は意外と“ブラック”とは言い難い程度にはちゃんとしていました。

 (私が知らなかっただけ、と言うのも大いにあるかも知れませんが)

 A社に入る以前の私は、パワハラこそ無いものの「働くだけ貯金が減っていく」「福利厚生無視」「法律に対して全く無知」と言うこれまた違った趣のブラック企業を辞めた所でした。

 少しずつでも貯金が増える給料・福利厚生完備・昇給賞与(一応)あり……と言う労働環境は、当時の私の目にはまごう事無きホワイト企業に映りました。

 今にして思えば、比較対象が悪すぎたと言うのもあります。

 と言うより、新卒の時から真剣に就職活動をしないからこんな事になるというか。

 

 しかし、私個人の職歴を差し引いても、入社当時のA社はよくやっていたと思います。

 以前軽く触れたと思いますが、専門性の高いお仕事で、県内・隣県において競合する会社がほぼ無かったと言うのが大きな強みでした。

 2008年のリーマンショックで一度は大きく傾いたものの、その強みとたゆまぬ営業努力で、三年前ほどまでには元の売り上げに戻っていました。

 ある種、設備が物を言う業界でもあったのですが、設備投資も精力的に行い、全盛期の力を取り戻すのにあと数年とかからないだろうと思っていました。

 (ただし、設備投資ばかりに金をかける事が必ずしも良いのか……と考えると。景気の良い頃から昇給がそれに見合っていなかった事を考えると、既に兆候はあったのかも知れません)

 また、A社の一つ前の会社では「ここに居ても何も変わらない」と言う諦念をブツブツ呟いているばかりで、A社の良くも悪くも「部下や後輩を叱咤して引き上げようとする姿勢」が眩しく見えました。

 

 しかし、そうしたA社の良さげな特色がブラック企業へと反転する出来事がありました。

 新型コロナウィルスの発生より半年前ほどから、既に業績が悪くなっていました。

 考えられる要因としては、専門性が売りだったA社のお仕事に取引先や競合他社が少しずつ参入していった事が一つ。

 それまでは「ちょっとした小さな仕事」もA社に発注していた会社が、最小限の設備を投入して、自前でやるようになって行ったのです。

 そしてもう一つの要因については……私は正直、これに言及出来るほど責任を負っていたわけでは無いので言いにくいのですが、

 経営陣に大きな変動があった事だと思います。

 取引先は人につく、という側面もあったのでしょう。とある営業出身の役員が会社を去ったダメージが大きかったと聞いています。毎月、会議のたびに業績の低下が取り沙汰され続けていました。

 これまで何度か触れた(私の脱出劇には関係無かったのであまり登場しなかった)現場の実質的な総指揮官・スイ主任が辞めた事を皮切りに、人材不足も深刻化していきました。

 人手が減った事で人を休ませる余裕がなくなり、病気や家庭の事情で休みたいと言う声に対しても、役職者たちは神経質になっていきました。

 儲からないのに、そのくせ忙しさは据え置き。(忙しさが変わらなかったのは、ただ単に経営側のスケジュールの組み方や仕事の前倒しのし過ぎもあったのですが)

 そして役職手当が出ないのに、(二人がかりとは言え)スイ「主任」と同等の仕事を要求される「リーダー」二人。

 その二人に対してのケアはおろか、彼らが迷走した末の暴挙を見て見ぬふりしてノータッチな部長達。

 貧すれば鈍する。とは、昔からよく言う事です。

 物質的な貧しさは、私を含めるA社の人間全ての知性を徐々に蝕んでいき、本文で挙げたような滑稽ですらある茶番の源となってしまっていたのです。

 専門性が高い業務内容、と言う事は、人材が育つのにも時間と手間がかかると言う事です。

 従業員一人一人に長く続けて貰わなければ、回らない構造をしていたと思います。

 私の抜けた後、その代わりになる人間を、また長い年月をかけて育てなければならない。しかも、人手が圧倒的に減っている現状の中で。

 そして、私の後にも恐らく数人が辞めるのではないか、という気配が既にありました。

 A社が今後、これをどう乗り切るのか……今では関係無いのですが、私には想像がつきません。

 個人の戦力比重が大きい仕事だったのに、個人を大事にして来ず、スイさんを含む何人もを失った。そのツケを、A社はこれから支払っていく事になりそうです。

 

 A社に余裕があった頃からも、

 「いちいち訊くな」→「訊かずに動くな」

 に代表される、不条理な指導は横行していました。

 この頃から(私にとっての)A社末期の基礎は、既に築かれていました。

 

 何度も述べましたが、社長自体はしっかり事を理解されていたと思います。

 けれど、昭和の無理解を抱えた会社をたった一人で制御できるほど、社長も超人ではありません。

 自分の会社がブラックである事を受け入れ、どうにか従業員と折衷せっちゅうしていくのが精いっぱいだったのでしょう。

 一説によると、従業員一人当たり給料の3倍の利益を上げて、ようやく会社は儲かると言います。

 給料の安さに文句を言い、会社に悪態をついている人達は、今一度そこも考えた方が良いと思います。

 下が経営者から余裕を奪えば、今度は自分が余裕の無い環境に突き落とされる遠因となるかも知れません。

 

 最初から無知そのものだったA社の一つ前の会社と言い、ブラック企業と呼ばれる物には色々種類があるとわかりました。

 私が何度も「弱い」と評して来たように、A社はいわば、ちゃんとやろうとして力が及ばなかったタイプのブラック企業でした。

 他にも、経営者が自分の事しか考えておらず、会社を私物化した挙句、しわ寄せを社員に支払わせる、もっと悪辣な企業もあると聞きました。

 ただ「ブラック」の一言で済まさず、自分がどういうタイプのブラック職場にあるのか。

 そこの分析も、脱出の為には大切な事なのだと思います。

 

 そして恐ろしくもあり、同時に、考えても仕方のない事と割り切れる要因なのですが……入った当初ですら、将来的に会社がブラック化する事を、完全には予測出来ないんですよね……。

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