新たな職場(本文・完)

 果たしてA社からの退職を無事に済ませ、E社での仕事が始まりました。

 まだ入って日が浅い事もあってこれと言って断言できる事は無いのですが、現時点でA社とはまるっきり環境が違うと感じられました。

 

 まず「言われなくても何をするべきかおよそ理解出来る環境である」事が一目でわかりました。

 それもその筈。

 現職E社のとある部署は、中国出身のパートさんや派遣社員、更にはベトナム人実習生が主力で動いています。

 特に実習生などは日本語さえ学習途上で、言葉が通じない事が当然。

 そんな人達に間違いなく仕事を完遂して貰う為、管理職の人がどれだけの苦労をしたか……システマチックで整った環境が、無言のうちに物語っていました。

 A社の(旧)部長は、後輩のナガ君の事を「中国人レベルの仕事だ」と揶揄していました。

 まあ、昭和世代の中間管理職がいかにも好みそうな定型句だとは思います。

 けれどはっきり言って、彼らの能力で外国人の戦力を使いこなす事はまず無理だと思います。

 私が知る限り、とりわけ中国人の方で能力の高い人については、経営者に対して容赦がありません。

 どれだけ働いても現状の給料に甘んじる日本人とは違い、しっかりと対価(昇給)を要求していると聞きました。

 言葉の壁に、風習の違い。

 理解はおろか相手の言葉に一切耳を貸さない傲慢な(旧)部長や、それを許容しているA社は、国民性のギャップが免除されているだけでも現状に感謝しなければなりません。

 

 そして、今の上司達は「相手に正しく伝わらなかった場合は自分の説明が悪い」と言うスタンスで接してくれます。

 基本、私についてくれている先生が異様に腰が低い性分なのもあるかも知れませんが……新しい知識を大量に吸収しなければいけない今の時期、勘違いや覚え漏らしがあってもフォローして貰えるのはとても心強い所です。

 それが却って、習得の効率を上げてくれているのが良く感じられます。

 A社に居た時より心身がずっと軽く、頭も明瞭に働きます。凡ミスもほぼ無く、A社でやたら求められていた「他人のミス」にも目が行くようになっていたと思います。

 (この辺りはA社で身についた能力かも知れません。ピッコロさんの上着とか大リーグ育成ギブス的な)

 A社のダイさんに代表されるような「自分が話を理解できないのは相手の伝達力のせい」「自分の話が理解されないのは相手の理解力のせい」と言う言い方は決してされません。

 E社のような環境で育った人材は、恐らく自分が教える立場となっても自然と同じように出来る事でしょう。少なくとも私は、そう在るつもりです。

 今の上司達に対する「この人を困らせてはならない」と言う気持ちは、自然と身を引き締めてくれました。

 教えられた事以上の、自分なりの応用が次から次へと閃いていきます。

 これは多分、タケさんが私や元同僚達に求めて、ずっと得られなかった事だと思います。多分、その答えはこんな初歩的で簡単な所に落ちていたのでしょう。

 

 A社を辞める直前まで、食事があまり喉を通りませんでした。最後の半年は弁当が不要だったくらいです。

 E社に入って数日で、朝昼晩に「お腹がすいた」と感じるようになりました。

 空腹は健康を示す、一番の指標だと痛感しました。

 

 誰も追いかけて来る事の無い会社の更衣室では、一日の仕事を終えた安堵感を充分に味わう事が出来ました。

 

 E社への通勤時間は、A社の時の実に倍以上です。

 仕事は忙しくて、実質土曜日は毎週出勤。平日も、毎日残業です。(ただ、一日の負担を減らす為に、残業を毎日少しずつ分配しているのがわかります)

 それなりの重労働も社員でフォローする必要があり、肉体的な負担も前職より大きいくらいです。

 それでも朝起きる時はすっきりと目覚められ、一分でも休息を取らなければ、と言う強迫観念ももうありません。

 休日には「仕事まであと〇〇時間」と言うカウントが脳裏を支配する事も無く、それどころか日曜日の終わりごろになって明日が仕事だと思い出すほどです。

 サザエさん症候群すら無縁になりました。

 今の上司は「いずれ土曜日も休めるようにしたい。やはり、日曜だけ休みでは足りん」と言っていました。

 実現の難しさもよくわかりますし、だけど、彼の言葉は素直に信じる事が出来ます。

 

 そして(今の所私が耳にしていないだけかもしれませんが)誰一人として、会社や同僚に対する陰湿な陰口を叩いていません。

 勿論、従業員の方も長所短所があり、(勿論私も含めて)性格的に困った部分をごく普通に持っています。

 けれど、同じ笑い話にするにしても、

 E社では「あの人は〇〇で困ったもんだ(笑)」

 A社では「あの人は〇〇で困ったもんだ(失笑)」

 という違いが明らかに見て取れます。

 しかもその本人が一緒に話に参加している事すらあり「そりゃ悪かったね(笑)」と笑い飛ばしてもいました。

 「あいつらマジで頭おかしいんじゃねえの」「あの上司クソだから話通じない」「あいつは真面目系クズってやつだろ」「このゴミ会社お先真っ暗」等と言う言い回しは、今の所一つも耳にしていません。

 

 

 

 もちろん、まだE社について結論を出すには早すぎる段階です。

 A社の時も、私が入社して間もない頃は会社に余裕があって「良さそうなところだ」と思っていたくらいです。

 けれど、A社の場合は既に、今の状態になる片鱗が随所に見えており、E社とは根幹の部分がそもそも違いました。

 (特に顕著なのが、上述の「伝わらないのは自分が悪い」と考えられる上司が一人もいなかった事)

 ただ、だからこそ「次の職場も同じか、それ以下だったら……」と言う懸念から転職を見送る事は、無意味だったと知りました。

 「希望が持てない」事と「希望が持てる保証が無い」は、全く違う事です。 

 少なくとも私は、このE社への転職を成功させなければならない。それが出来ると、多少なりとも信じられるようになっていました。

 

 

 

 駆け足となりましたが、私がA社を辞めて転職するまでの簡単な経緯は、以上になります。

 これから先は、簡単な経緯を説明するにあたって冗長になると判断して語らなかった部分の補足を行っていきたいと思います。

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

 私のように「辞めたくても辞められない」人が活路を開けるよう、本文のごく一部でも助けになればと切に願っています。

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