このままでは殺されてしまう

 今後、フォークリフトは自分で使って、資材の搬入をしろ。

 タケさんのこの命令が、私に退職を決意させた最初の一言でした。

「講習を受けていない」

「関係無い。ナガ(仮名・私の後輩)やマサにも、もうやらせている」

 当然ですが、フォークリフトを運転するには講習を受ける必要があります。

 法的には言うまでも無く、フォークリフトの運転には特に危険が付きまとうからです。

 論旨がずれるので詳しいメカニズムは割愛しますが……端的に言えば「巨大な荷物を運搬し、転倒のリスクが高く、下敷きになったり駆動部に挟まれて死亡する危険が非常に高い乗り物」と言う事です。

 確かに、大きな声では言えませんが、無資格で運転している人は世の中に沢山居られる乗り物でもあるとは思います。

 しかしそれにした所で、ちゃんと教育を受けた上での事でしょう。

 

 休日、自宅でフォークリフトの勉強を独自に行いました。

 荷の重心や、自動車とは違う操舵の仕組みなど……致命的な事故の要因はいくつもありました。

 理論は独学で補えますが……あとは、慎重を期して事故を防ぎ、体得していくしかない。

 この期に及んでまだそんな思考ではありましたが……A社に骨を埋める、と言う考えが崩れ始めていたのも確かでした。

 そして、翌日。

「さて、昨日の休みは仕事の為に何を勉強した? ただ遊んでたわけではないよな」

 この頃になると、こういう事を求められるようになっています。有給の妨害といい、一時も休ませずに思考を鈍らせようと言う意図が見え透いていました。

「フォークリフトの勉強を」

「それだけ?」

「失敗すれば死ぬので」

「そんな事はわかっている。だが、休み一日をそれで潰したのか? そんな事は無意味だ。体で覚えればいい。もうやめろ」

 死ぬ危険がある事をやらせて、その危険を回避するための対策すらも封じ込める。

 タケさんは私が憎くて殺したいのだ。

 あわよくば死んで欲しいのではなく、あわよくば殺してしまいたい。

 能動的な殺意。

 そんなつもりは、毛頭なかったのかもしれませんし、心の片隅の僅かな感情だったのかもしれません。

 それでも、そんなタケさんの心の機微だの事情だのは私には関係ない。

 

 これより前の日になりますが、先述の後輩・ナガ君が事故を起こしました。

 相応の重傷は負いましたが、それで済んでまだよかった。一つ間違えば死んでいた事故でした。

 私がチームを異動した入れ替わりに、タケさんの直下に配属されたのが、このナガ君でした。

 特に彼は部署に入ってからまだ一年程度で、必死に仕事を覚えている時期でした。

 休職前の私より苛烈な“教育”を受け、常にドタバタ走り回り、焦りながら仕事をしていた様子でした。

 ナガ君の事故を受けて、部長らは、彼に(事故の原因となった)当該業務の基本を今一度教育したそうです。

 地頭は良いナガ君の事です。基本はとうに、身についていたはず。

 それが咄嗟に出てこず、事故に繋がった。会社は、何故そう考えないのだろか。

 私のフォークリフトの件にしても、部長やセキさんは、懇切丁寧に操作法を教えて下さいました。

 それはそれでありがたい事ですが。

 人手が足りず、私一人を講習に行かせる余裕も無いようでした。

 

 そして、遺書を書きました。

 タケさんとダイさんを名指しし、もし私に万が一の事があればA社の責任を糾弾する内容です。

 勿論、遺言状としての証拠能力はありませんが、過去にパワハラ自殺の証拠として採用された事例もあると知ったので。

 私の死後(あるいは意思疎通不可能となった時)この遺書をどう使うかは妻に委ねました。

 そして、この遺書が現実になる前に私は転職する事を決めました。

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