第74話 君の信用には応えたいけれど

 道中で私たちの馬車と合流したレネはお姉様に「ヘルガがいるのにお嫁さん探しでもする気?」と早速詰め寄られている。

 けれどレネは大体予想済みだったらしく、私と口裏は合わせていないのに同じように私が不安そうにしていたから同行することにしたと説明してくれた。


 まあそれで引き下がるお姉様ではないのだけれど、ひとまずレネが持ってきた手土産の焼き菓子を私と一緒に食べることで落ち着いたみたい。

 よかったわ、このまま会場に着くまでずっとトゲトゲしていたら別の問題が浮上するところだったかも。


 レネは事前に教えてくれていた通り実家のあるアルトフットには戻っておらず、学園から直行したため合流した時も制服のままだった。

 そこで当初の予定通りの街に立ち寄り、宿を取って着替えを済ませてから一緒に夕食を楽しむ。

 合流は午後になったから、ここで一晩休んで再び出発する形ね。


 街の名前はカールペイソン。


 デビュタントパーティーの行なわれる王都へ続く道の途中にある街で、ここはすでに私たちの領土ではない。

 観光名所はあまりないようだけれど、利便性の高い位置にある影響か宿屋が充実していた。

 提供される料理で泊まる宿を決める、なんて贅沢なこともできてしまう。

 こういうのはまさに旅行って感じで少し楽しいわね。


 レネは私たちと同じ宿を取った。

 お父様が「さすがにヘルガと同じ部屋にはしないぞ」なんてとんでもない釘を刺していたけれど、ヘラの姿とはいえ三日に一度のペースでレネの部屋に通っていたことは絶対にバレちゃいけないなと再確認した。たぶん修羅場になるわ。


 それでも日が暮れて寝る準備が終わった後、なぜか私はレネの部屋にいた。


「寝つけなくてお水を貰おうと出てきたんだけれど……まさか廊下の途中で腕が伸びてきておいでおいでされるとは思わなかったわ」

「あはは、そこだけ聞くと怪談話みたいだね」


 私にソファを譲り、自分はベッドに腰掛けたレネが笑う。

 レネも寝つけないでいたところ、ドアを開けた瞬間に私の姿が見えたので思わず手招きしてしまったのだという。

 それで部屋に入っちゃうなんて不用心な自覚はあるけれど、私の一番の協力者であり大切な人であるレネに警戒する必要なんてこれっぽちもないわ。


 ――と本人に言うと、レネは額を押さえて「困った、眩しいな」と呻いた。


「僕は僕自身をあまり信用していないんだけれど、ヘルガのその期待には応えたくなっちゃうな」

「また意味深なことを言う……! あっ、そうだわ、折角ふたりで話す機会ができたのだし情報交換や話し合いをしましょうか。そっちにはお祖父様の動きはなにか入ってきてない?」


 本当に信用されてるな、とレネは少し遠い目をしながら「残念ながら今のところないよ」と答える。


「もし移動中にイベイタス卿の周りで動きがあったら、僕らのルートを教えてある『友人』が早馬を飛ばしてくれることになってる。ただリアルタイムじゃないからアテにしすぎは良くないかな」


 ……なんだか本当の友人のことを指している気がしないけれど、多分それは当たっているわね。


 レネ曰く、見張りをひとりヘーゼロッテ家の屋敷に付けてくれているらしい。

 ただし屋敷の周りには広い敷地があるので、お祖父様の動向は遠目にしかわからない。部屋の中でなにをしているかもほとんど見えないだろう、とのことだった。


「……あ、もちろん普段はこんなことしてないよ。君に嫌われたくないからね」

「ふふ、そこは信じてるわよ」


 そう言うとレネはまた眩しそうにした。

 うーん、なんだかライトにでもなった気分だわ。


 それから私たちは道中の予定を再確認し、なるべく自然な形で周囲を警戒しながら進もうと話し合った。

 カールペイソンの次は小さめの村を経由することになる。名前はオルテスだ。

 ここは前にレネと一緒に訪れたアルバボロス公爵領のエペトと同じくらいの規模らしい。

 レネは事前に村の地理まで調べていた。ちょっとやりすぎてて歩く観光ガイドブックみたいになっていたけれど頼もしいわね。


 そしてオルテスから更に大きな街をひとつ経由して、その先でようやく王都に辿り着く。もちろん馬の足の具合にもよるので、日中に辿り着けなかった場合はどこかに立ち寄るか馬車の中で夜を明かすことになるわ。

 このタイミングが一番危ないんじゃないかな、と私は感じていたけれど……危険だっていうならすべての日が危険ね。


 ちなみに今回はお母様の発案で旅行も兼ねているから、もし遅れてもパーティーまでにかなり余裕がある。

 突然天気が崩れて長時間足止めを食らわない限りは大丈夫だ。


 そうして色々なことを話し合った後、ふと窓の外を見ると輝く星々が見えた。

 でもその輝きに目を奪われていたわけではない。

 よく目立つ明るい星があるのだけれど、その位置が大きく移動していた。つまりそれだけ時間が経ったということだ。


「わっ、そろそろ戻らなきゃ……! 遅くまで付き合ってくれてありがとう、レネ。頭の中を整理できて落ち着いたから、この後はよく眠れそうだわ」

「それはよかった、僕も明日に備えて寝れそうだ」


 そう笑ってレネは私をドアの前まで送ってくれる。

 そして廊下へと足を踏み出したところで「ヘルガ」と呼び止められた。


「君の信用には応えたいけれど――これくらいなら許してもらえるかな?」


 そう言って私の額に唇を寄せ、すぐに離れるとレネはにっこりと笑う。

 ……不意打ちだわ! こういうのを不意打ちっていうのよ!


 もちろんこの程度で信用が揺るぐはずはない、というか、実際のところとても嬉しかったけれど……そのあとはよく眠れるかと思いきや、結局少し時間を要したのは仕方のないことだった。

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