第62話 愛ゆえに迷走

 作戦会議の時といい観光旅行作戦の時といい、そして誕生日パーティーの時といい。

 ここしばらくレネは休暇に寮の外へ行くことが多く――いえ、言い直すわ。私のもとへ行くことが多くて、今回もアートゥたちにからかわれながら見送られたらしい。


 ただ、今回の目的はまさしくデート。

 からかいも甘んじて受けたよ、とレネは笑っていた。


 彼と合流してそんな話を聞いたのは十分ほど前のこと。

 ふたりだけで出歩いていいとお父様とお母様から許可が出たのが『本邸のある公爵領のお膝元で』という条件付きでのことだったので、今回はレネからこちらへ来てもらうことになった。

 ちなみにお父様は表情からして何か言いたげだったけれど、お母様の凄まじいフォローにより反対されることはなかった。お姉様も然り。

 お母様、強いわ……。


 普段私が暮らしているのはアシュガルドのヘーゼロッテ公爵領中央に位置する領都エルディリア。ここには規模は縮小されたものの例のスラムも含まれている。

 最近は領民向けの学校や施設も増え、道も整備し直して商人の行き来が活発になったおかげか昔よりも活気が出ていた。比較的海が近いので遠くから潮風のにおいがすることがあるけれど、別段生臭いということはない。


 建物の壁は白が多い。ただし海に面した港町は船から見た時に目印になりやすいようにと様々な明るい色で屋根も壁も塗られているそうだ。

 ただ実際には暗いと見えづらい色もあるから、観光地として目を楽しませる一環として根付いた文化でもあるそうよ。――と。


 今いるのが港町でもないのにレネにぺらぺらと喋ってしまったのは、単純に緊張しているからだ。


(前世でもちゃんとしたデートって数える程度しか経験がなかったし、どちらかといえば子供の遊びの延長みたいなものだったのよね……)


 今回はレネにとっては一世一代の勢いで挑んでいるデートよ。

 緊張するなと言う方が無理がある。

 それに、この日に至るまで何度も考えてみたけれど――レネの気持ちは正直言って嬉しい。

 安心もするし、このままずっと共に歩んでいけたらとても楽しいと思う。

 けれど今は解決すべき問題がまだ沢山あるし、お父様の罪に目を瞑ることで私も罪を背負っている。それに加えて転生者という説明するハードルの高い秘密も持っていた。


 レネは成長こそしたけれど、まだ十代後半。

 前世の倫理観と精神は大人であるという自覚がストップをかけてくる。


 しかし何が起こっても今日、私は答えを出すことになる。

 その過程で申し訳ないくらいめちゃくちゃエスコートされるのでは、と身構えていた。――のだけれど、合流してすぐに紹介されたのは謎のご夫妻だった。


「エルディリアでパン屋を営んでいるアーデリーご夫妻だよ」

「え、あ、ど、どうも」


 目をぱちくりさせながら挨拶すると、すでにレネから話が通っているのかご夫妻は慌てることなくぺこりと頭を下げた。

 パンでも買うのかしらと思ったものの、実際に買ったパンをご夫妻と一緒に食べながらお喋りするという謎のイベントが発生した。デ、デートってこういうものだったっけ?


 それだけじゃない。

 次は木工職人の夫婦。二年前に隣国から移り住んできたそうで、半年後にお子さんが生まれるらしい。小さな木製の根付製作体験をさせてもらった。

 その次はカフェを営んでいるカップル。なんでも旦那さんは男爵家の出身だったけれど、意中の女性と結婚するために一般人として生きることにしたそうだ。シェフもびっくりの特製パンケーキをご馳走になった。


 そして最後に紹介された優しげな老夫婦に至っては何かお店をやっているわけではなく、普通に話を聞くだけで終わった。

 二十歳差で結婚して波乱万丈な人生を歩んだ話や、花畑の多い国に行った時の話など聞きごたえはあったけれど――私の頭の中は終始クエスチョンマークでいっぱいだった。


「レ、レネ、ちょっと質問していい?」


 老夫婦の家を離れた後、夕暮れも近づいた空を背負いながら歩くレネに声をかける。

 レネは私の顔を見ると噴水近くのベンチにハンカチを置いて座るように勧めた。お礼を言いながら腰を下ろして訊ねる。


「想像していたデートと少し違って驚いてるんだけれど……」

「うん、僕も思っていたより特殊な雰囲気になっちゃったなって思ってたところだよ」

「あなたまで!?」


 もしかしてレネも緊張して変な行動をしていたのかしら?

 いや、でもあれって完全にアポを取ってやってたわよね。そこまで準備万端なのに?

 再び疑問でいっぱいになっていると、レネは少し瞼を伏せて頬を掻いた。


「その、世の中には色んな形のパートナーがいるから、ひとつは君にとって参考になる関係が見つかるかもしれないと思って、話を聞いて回りながらデートする計画を練ってたんだ」

「参考になる関係……」

「パン屋のご夫妻は幼馴染同士の結婚だった。木工職人のご夫婦は異なる環境からこの国に来て、新たな家族を迎えようとしている。カフェのふたりは身分差のある恋をして成就した。そして老夫婦は年の差をものともせずあの年齢まで寄り添って生きてきた」


 そういう様々なケースを見せることで私のわだかまりを解きつつ、デートとしても成立させようと考えていたとレネは言う。

 た、たしかに楽しくはあったわ。

 最後の話を聞くタイミングも足が疲れてきた頃だったから休憩にもなったし、話は興味深かった。ただちょっと雰囲気が思わぬものになってしまったのはレネにとっても誤算だったみたい。


 ……少し考えれば予想できそうだけれど、それができなかったってことは。


「レネ……計画を練ってる段階で結構迷走してた?」

「……」

「……」

「困ったな、反論の言葉がひとかけらも見つからない。――時間が欲しい、って意気込んで言ったけれど、僕も君に気持ちをはっきりと伝えるのはすべてが終わってからの方がいいと考えてたからね。今までは」


 しかしアニエラの件で脅威をはっきりと目にしてからは、この気持ちを伝えないまま死んでしまう未来もあると強く認識して不安になったとレネは言った。

 そこで、恋人アピール計画を思いついた際に想いを伝えようと決起したらしい。


 それにしたって凄いことになったわ。

 行動力のある人が迷走するとこうなるんだとよくわかった。……そう、レネはこの短期間で他領の一般人のことをよく調べ、約束まで取り付けた。

 その行動力は迷走こそしていても彼がどれほど本気なのかを示している。


「デートについての知識はあるし、前にうちの領を案内した時みたいにすればいいってわかってはいたんだ。けれど、その、状況が異なる上に経験が乏しくて――」

「ふふ、レネにもそういうところがあるのね」

「……僕だって完璧な人間じゃないからさ」


 私はほんの少し拗ねたような顔をしたレネに微笑みを向けた。


「私にとっては完璧で頼りになる仲間だわ。でもこういうところを見せてもらえて良かった。今日聞いた話も興味深かったし、レネの新たな一面も見せてもらえたし、良いデートだった」


 ロマンチックではないけれど、私のことを考えてくれているのがよくわかった。

 まあ事前に軽く一言は欲しかったところだけれど、レネはもう少しスマートに進むと想定していたのかもしれない。あと計画の段階から迷走していたなら致し方ないわね、あとで一応伝えておくけれど今は黙っておくわ。

 それよりも今伝えるべきなのは他のことよ。


「ねえレネ、場所を移しましょうか。少し歩くけど大丈夫?」

「それはもちろん大丈夫さ。でも一体なにを……」


 ベンチから立ち上がり、レネに手を差し伸べながら口を開く。


「私の秘密をあなたに伝えたいの」

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