第47話 テーニルーズで準備万端!
目的地であるエペトにほど近い大きな街は名前をテーニルーズといい、様々な効能の温泉が湧く観光地だった。
アルトフットよりは狭いものの温泉宿の数は大小合わせて三百ほどあるという。
想像してたよりかなり賑わってるみたいね。
私とお母様、そしてレネの三人はそこで五泊してゆっくりすることになった。
観光旅行という名目なので他にも訪れる予定の観光地がいくつかあるため、この五泊という期間もお母様的には短いらしい。
平均的な貴族の長期休暇は本当に長いそうなので日本人の感覚が抜けきってないと妙な罪悪感があるわね……!
テーニルーズからエペトまでは山を越えるものの道が舗装されていることもあり、馬車で六時間ほど走れば着くそうだ。
それでも向こうで色々と見て回ることを考えると日帰りは難しいため、エペトへ行くなら一泊は必須。
つまりお母様も同行することになるため、アルトフットほど自由には動き回れない。
話を聞きに施設へ向かうなら迅速な行動が必要になる――と、テーニルーズ滞在一日目にレネと作戦会議を開いたのだけれど。
「お、お母様はここに残るんですか?」
「ええ。アルトフットは何度も行ったことがあるけれど、テーニルーズは初めてなの。それに温泉が気に入っちゃったから、一日か二日くらいなら延ばしても平気よ」
むしろ気になる温泉の制覇ができるから大歓迎だとお母様は言う。
つまり私たちがエペトへ行っている間、お母様は同行せずテーニルーズで温泉三昧を続けるということだ。
「もちろん護衛は付けるけれど、邪魔しないよう命じておくわ。好きなだけリボンを見てきなさい」
「お母様……ありがとうございます、お母様にもお土産を選んできますね!」
エペトで刺繍入りのリボンを探すっていうのはカモフラージュ用の理由だけれど、リボンも刺繍も好きだから見て回れるのは正直言って嬉しい。護衛に目的を果たしてますよアピールをしている時にお土産を探すことも可能だろう。
お母様とお姉様に喜んでもらえるものを探そう。
そうわくわくしたものの――これってもしかしてアルトフットでも見せたお母様のお節介の最終形態かしら?
心底温泉を気に入って、着いてから一度入ったのに再び湯に浸かりに行こうとしているお母様を見ると判断に迷うわね。
そう考えていると表情に出ていたのか、レネが声を潜めてそっと言った。
「どんな理由にせよ動きやすくなったことには違いない。護衛も看守みたいに四六時中僕らを見ているわけじゃないから、向こうで少し観光してみせてから早めに宿へ行って、それから抜け出そう」
「介護施設での面会は何て言う?」
「騒ぎにならないようにするならアルンバルトの親類を名乗って面会、が順当だろうね」
護衛には「早めに休むから起こさないでね」と言って個室から遠ざけておこうとレネと話し合う。
これを見越して侍女を連れてこなくて正解だったわ。
エペトは小さな村だから、領主の息子と公爵令嬢なんかが訪れたと知れれば騒ぎになる可能性がある。せめて少し良いところの令息令嬢に見える程度にしておきたい。そう事前にお母様に伝えておいたのだ。
そして折角の機会なので一人で身支度する練習もしたい、とお願いした。
普通、貴族の令嬢は自分の手で日常の雑務をすることはないのだけれど――お母様は仕事もバリバリこなすいわばキャリアウーマンの如き存在なので、女性でも一人である程度のことを出来るようになりたいという願いは許容範囲内だったらしい。
その結果、お母様に快諾してもらえたため今回の観光旅行に護衛はいても侍女はいなかった。
一人で着れないドレスもあるものの、観光目的なので動きやすいものを選んだので一人でも何とかなっている。本当はパンツスタイルで走り回りたいところだけれど、これはさすがに我慢が必要ね。
私たちはしばらくテーニルーズで温泉を満喫し、合間合間にレネがどこからともなく仕入れてきた『アルンバルト・エーデルトールが入居している介護施設の見取り図』や『彼の部屋の位置』などを頭に叩き込んだ。
(……恐ろしかったのはレネが施設の管理人の好物や休憩時間まで把握していたことだけれど)
それを利用して休憩時間直前に訪問し、好物を手土産として渡して注意を逸らす作戦になっている。
きっと職員は一人じゃないけれど、日本の介護施設のようにきっちりとした場所ではなくて……良く言うならかなり大らかな所らしいので効果はあるだろう。
一体いつそんなことを調べたのかとレネに問うと「秘密。でも事前に調べておいたものと、道中で届いた情報を合わせたものだよ」と微笑まれた。
ど、道中のどこにそんなタイミングがあったのかしら。
調査対象が漠然としていないからこそかもしれないけれど、やっぱりアルバボロスは色々と凄いわ。
そうして段取りが整い、浸かった温泉の数が片手では足りなくなった頃。
私とレネは数人の護衛を伴い、新たな馬車を借りてエペトに向かって出発したのだった。
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