第46話 アルトフットの観光=○○○
アルトフットは栄えた街で、私が住んでいる街とはまた違った雰囲気だった。
大通りの石畳は大小様々な大きさを組み合わせて作られており、まるで綺麗にはまったパズルを見ているかのようだ。
左右に並んでいるのはレンガ色や辛子色をした壁の住宅で、全体的に落ち着いた色合いをしているのにモノトーンではないので温かな気持ちになる。
ここから細い路地を覗くと石のアーチが所々に見えた。
上が歩道橋のようになっているらしい。
「この辺りはまだ住宅街なんだ。もう少し進むと色々な店が増えてくるから、もし気になるところがあったら言ってね」
「ありがとう、レネ。……それにしても綺麗な石畳ね、うちは均一な形をしたものばかりだから目新しいわ」
今まさに自分の真下にも敷き詰められている石たちを見下ろす。
前世視点で見れば故郷も十分異国情緒溢れてるのだけれど、ここはここで異なる異国情緒に溢れていた。石畳ひとつ取ってもそう思うほどに。
レネは足元を靴でコンコンと叩く。
「何代か前の領主が舗装したんだ。それまでは未舗装の道だったんだけれど、交易が盛んになると馬車の往来も増えて道が荒れたらしい」
「あぁ、なるほど……」
「ただその頃の領主は芸術家を何人か支援していた……パトロンになっていたそうだから、こういう目を楽しませるものが好きだったんだろうね。僕も好きな部分だ」
だから褒めてもらえて嬉しいよ、とレネは笑みを浮かべた。
個人の趣味でも今なお人の目を楽しませていて、しかも交易の助けにもなっているなんて素敵だわ。
うちの領地にもこんな道が欲しいけれど――費用も馬鹿にならないだろうから、今はまだスラムを更に縮小させて働き手と働き口を増やすことに注力しなきゃいけないので、叶えられるとしても大分先になりそうだった。
お姉様が家を継ぐのかお父様のような婿養子を取るのかはまだわからないけれど、未来のヘーゼロッテ家の当主が上手くやってくれることを祈るわ。
その補佐をするために私も学べることは学びたい。
アルバボロス領からも沢山見て学ぼう。
……と思っていたのだけれど、その後現れた様々な店の連なる通りに目を奪われ、レネお勧めの店を巡っている間に私は普通に楽しんでしまっていた。
名物の製法についてとか訊くべきだったのに! と後悔しているとレネがくすくすと笑った。
「今日はホントに羽を伸ばしてもらうだけのつもりで誘ったから、それでいいんだよ」
「けど……」
「それに今回が最後じゃない。君はちゃんと生き残って、そしてまたここへ遊びに来てくれる。だろ?」
だからその時にまたしっかりと勉強しようよ、とレネは言う。
――そうね。それにレネは私を楽しませようとしてくれてるんだもの、こっちも目一杯楽しむのがマナーってものだわ。
頷いた私にレネはジュースの専門店でテイクアウトしたオレンジジュースを差し出す。
お礼を言って受け取り、一口飲むと甘くてとても濃かった。果汁100%で搾りたてだそうだ。
「小さい頃から好きなジュースなんだ。他の味も美味しいから今度また来よう」
「……! ええ、もちろん!」
「よかった。それじゃあ次は……店先で食べれるパン屋はどう?」
丁度お腹が空いてきた頃合いだわ。
このタイミングで切り出すなんてレネってば案内のプロね……!
こくこくと頷くと、その勢いがさっきより激しいのが面白かったのかレネは肩を揺らしてパン屋へと連れて行ってくれた。
***
それから向かったパン屋ではレネの言っていた通り店先にテーブルとイスがあり、焼き立てのパンを買ってすぐ食べれるようになっていた。
持ち込みもOKだったので先ほどレネが買ってくれたオレンジジュースと一緒にチョココロネを頂いたのだけれど、オレンジとチョコの相性が良くて危うくおかわりするところだったわ。
この後普通に昼ご飯も食べる予定だから、我慢は必要よね……!
あと驚いたのが絵画を扱うお店が数軒あったこと。
しかも高級店だけでなく庶民でも買える値段で絵を扱う店もあった。
これも数代前の領主がパトロンになったおかげで様々な画家が育ち、それが今も受け継がれているからだという。
大々的な広報はしてないそうだけど、アルトフットは芸術の街と言っても差し支えないわね。
レネは「いつかヘルガの絵を描いてもらいたいな」なんて言っていたけれど、一体どこに飾る気なのかしら……。
私も家族全員で描かれた絵が欲しいから、これも『いつか叶えたい夢』に加えておこう。
それから手作業で宝石を研磨する作業を見学できる宝石店や、ペット服まで扱っている服屋、なんと店長が直々に狩った動物を使った革製品の店など色々な場所へ顔を出した。
正直言ってすべての店を見て回りたかったけれど、それじゃ何回日が昇っても足りなさそうだ。
まあ……これも再び訪れることで、いつかは満たせるかもしれないわね。
最後にグリルチキンが美味しいという店で食事を終え、退店する際にスタッフさんが「この後もデートを楽しんでくださいね」と笑顔で見送ってくれた。
その言葉に思わずきょとんとしてしまう。
デートではない、のだけれど、いや確かに二人でこうして出歩いて遊ぶのはデート……と言えるのかしら?
私はレネとデートをしてた?
そう自覚した瞬間、焦燥感とはまた違ったそわそわとした感覚が心の中から湧き出した。
なんだか罪を犯したような、けれど別に罪なんかじゃない、そんな上手く言葉にできない気持ちだわ。
とりあえず咳払いをしてレネを見る。
「ご、ごめんなさいね、案内してもらったせいで変な誤解をされちゃって」
「望むところだよ」
だからどういう意味!?
レネが度々思わせぶりな態度を取るから心臓がおかしくなりそうだわ。
貴族の嗜みなんだろうけれど他の女の子にもこんな感じなのかしら、寮には夜に行くから男子生徒以外にどう接してるか見たことないのよね。
あまり真に受けると痛い目に遭いそうだし、そもそも私の精神は年上だし、だからといって変に指摘して協力者としての関係がギクシャクしてもいけないので、ひとまず「あ、ありがとう」と笑っておいた。
……選択肢としては間違ってなかったと思いたいところだわ。
そんなこんなでレネの案内によるアルトフットの観光は幕を閉じた。
次の目標は決まっている。
それに向けて気を引き締め直さないといけないけれど――そう。そんな必要が出るほど羽を伸ばさせてくれたレネには、本当に感謝しかなかった。
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