第45話 兄の帰宅と母の連携
夜間の到着になったというのにアルバボロス邸は私たちを温かく迎えてくれた。
お母様はロジェッタ夫人と笑顔で挨拶を交わし、その隣に並び立つラスティ卿――つまりレネの父を紹介する。
ラスティ卿はレネと同じ黒寄りの濃い紫の髪をしており、整った口ひげを生やしていた。
貴族の男性は一定の年齢以上になると髭がないとナメられる傾向にあるらしい。
ちなみに私のお父様が髭を蓄えていないのは昔お母様から「髭がない方が好きよ」と言われたからだそうだ。
威厳は剣の腕で保っているそうだけれど、男性も男性で大変ね……。
ラスティ卿とは適性検査の時に会っているそうだけれど、仕事中のアルバボロスの人間は専用のフード付きマントを羽織っているため見覚えはなかった。
そもそもあの時は私が家系魔法二個持ちとわかって両親は戸惑うしお姉様には睨まれるしでそれどころじゃなかったのよね。
ほとんど初めましてに近い挨拶をして、少し遅めの夕食をご一緒した。
この時レネも寮での近況報告をしていたけれど、ヘラの姿で寮の部屋を訪れた際に聞いたことが多かったから、思わずところどころで同意しそうになって危なかったわ。
事前に聞いてた風ならいいけど実際に見てきたような反応をするのは要注意ね……!
そうしてアルバボロス邸に一泊し、観光には翌日から向かうことになった。
まずはエペト――と言いたいところだけれど、カモフラージュのために一度レネの地元で観光らしいことをしてから次にエペト近くの大きな街へ行き、そこから目的地へ向かうことになっている。
広いアルバボロスの領地に着いていの一番に小さな村に向かうのは怪しいわ。
何も知らないお母様からお祖父様の耳に入れば感づかれるかもしれないので、寄り道は寄り道でも必要な寄り道ね。
アルトフットの観光にはお母様も乗り気のようだった。
「ヘルガ、ロジェッタが護衛を付けてくれるそうだからアルトフットをレネ君と回ってくるといいわ」
「はい、ありがとうございま……あれ? お母様は?」
「私は久しぶりにロジェッタとお茶会よ。こっちで一緒に楽しむ機会ってあまりないの。ね、ロジェッタ?」
「えぇ、こっちはこっちでメリッサと楽しむわ。だから気にしないでね」
そう言ってロジェッタ夫人はにっこりと笑う。
何かを企んでいる時のお母様とそっくりな笑みだ。おかしな気の使われ方をしてる予感がするけれど――エペトでも自由に行動させてもらえる可能性が高まるから、今は歓迎するわ。
レネはレネで普段より笑顔なのが気になるけれど。
すると、そこへ明るく快活な声がかかった。
「あぁよかった、レネが居るうちに間に合った!」
「アル兄さん」
レネの三つ上の兄、アダルブレヒト。愛称はアル。
そうレネは部屋に入ってきた男性を紹介し、私たちも名乗って挨拶する。
アダルブレヒトはレネと同じ髪色だけれど瞳の色は水色で、長い髪をポニーテールにしていた。
活発な印象を受けるものの、アルバボロス家特有の『ちょっと悪く見える目元』をしており、例えるならスポーツチームのリーダーというより策士ポジションに見える。
でもきっと良い人ね。
久しぶりに会った弟を撫でながら可愛がっている様子が微笑ましいわ。
「アル兄さん、昨日は仕事で来れなかったんだ。一番上のドラミニク兄さんは出張中だから今回は紹介できないのが残念だなぁ」
レネは本当に残念そうに私を見て言う。
なんでも長兄はすでに独り立ちしており、これからアルバボロスとして活動していくために家系魔法を磨くべく、各地で小口の仕事を受けながら修行中らしい。
レネもそのうち同じ修行をするようになるのかしら。
そんなことを考えているとアダルブレヒトが私たちに会釈した。
「お客様を前に弟を優先してしまい申し訳ない。目に入れても痛くないどころか心地いい弟なもので」
「ふふ、仲が宜しいんですね」
「それはもう! あ、ヘルガ嬢のことも色々と聞き及んでますよ、昔っから何かといえば話し――むぐっ」
レネがアダルブレヒトの口を高速で塞ぐ。
そしてそのまま何事もなかったかのように笑顔で玄関のある方向を指した。
「ほら、ヘルガ、そろそろ行こう。護衛たちを待たせっぱなしじゃ悪いからね」
「えー! レネ、久しぶりに会ったんだしもう少しお兄ちゃんと話そう!」
アダルブレヒトがそう食い下がった瞬間、彼の腕をがしっと掴んだのはロジェッタ夫人だった。
先ほどと同じ笑みを浮かべたまま腕をぐいぐいと引っ張っている。
いや、むしろ擬音を忠実に再現するならぐいぐいぐいぐい、ね。
「アル、それより私たちのお茶会に同席してくれない? お茶菓子を手配しすぎちゃったのよ」
「え!? でも――」
「それにメリッサにも近況を話してあげてほしいの。あなたも私の大切な息子ですもの」
ね?
っとロジェッタ夫人に目配せされたお母様はにこやかに頷いた。凄まじい連携だわ。
けれどアルバボロスの特性を考えると決して嘘ではないらしい。
見習いたいと思っているとアダルブレヒトはついに根負けしたらしく、しぶしぶレネを解放してお茶会へと向かった。
「レネ、帰ってきたらお兄ちゃんとお喋りしような~!」
名残り惜しそうな背中から、そんなセリフを発しながら。
「賑やかな家族ね、男兄弟はいないから羨ましいわ」
「あはは、君のお姉さんも大分賑やかだよ」
「わかる!? あの突然スイッチが入ると噛みつかん勢いで話し始めるのがとっても可愛いの、それにお姉様って声も可愛らしいからどれだけ聞いていても飽きないどころか更に深みにはまるわ!」
「君も何かスイッチが入ったね?」
落ち着いて落ち着いて、と手の平を見せたレネは、その手を下げると優しく私の腕を引いた。
「それより観光に行こう。案内したい場所が沢山あるんだ」
「ここってレネの地元だものね。――じゃあ案内の方、宜しくお願いするわ」
カモフラージュとはいえ観光は観光。
悲願達成までリラックスできないことも多かったし、目一杯羽を伸ばさなきゃ。
レネはどんなところに連れて行ってくれるんだろう? そう色々と想像しながら頷くと、レネは年相応の笑顔を見せて嬉しそうに歩き始めた。
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