第42話 あなたが先に怒りなさい

 レネと交わす三日おきの情報交換。

 それを数度重ねた後、新しい月を迎えた私は鏡の前で唸ることになっていた。


 鏡に映っている自分が身に着けているのは赤いドレスだ。


 先月お母様やお姉様と一緒に出掛けた際に買ったもので、襟元や裾に白いレース飾りが付いていて引き締まった印象ながら可愛さもある。

 格式張ったものではないものの身内のパーティーなら着て出られる、そんな雰囲気のドレスだった。

 そこへクリーム色のボレロを合わせたのだけれど――リボンだけがなかなか決まらない。

 すると侍女が手元を見て問い掛けた。


「ヘルガ様、リボンに悩まれているのですか?」

「ええ。ボレロやドレスに合わせた補色にしてもいいのだけれど、敢えて別の色を選んでアクセントにするのもいいかなと思ったの。あとリボンのフリルの量も気になっちゃって」


 お気に入りのリボンは沢山ある。

 転生前は装飾品を集める趣味はなかったのだけれど、今世は幼い頃から色々な人が色々なものをくれたので『好み』や『こだわり』が芽生えてきた。

 センスが良いかはさておき、こうして自分で選ぶのはとても楽しいわ。

 ただその分、こうして鏡の前で悩む時間が増えたのよね。


 ……もちろん前からこうよ。

 べつに今日がレネの訪問日だからじゃない。ええ、そうですとも。


 ――と自分に言い聞かせていたのだけれど、苦しい言い訳であることには自覚があった。

 まあここは大切な協力者さんと久しぶりに直接会える緊張と、少しは成長したと思ってもらいたいプライドの影響ってことにしておきましょう。


「……あっ、これにしようかしら」


 悩みつつリボンを保管している箱を覗き込んでいた時、ほんのりと赤みのある黒いリボンが目に入った。シックで大人っぽいし、完全に真っ黒というわけじゃないから浮きすぎて違和感があるってこともない。

 侍女が「とても素敵ですね」と微笑んでそれを髪に付けてくれた。


「きっとレネ様も褒めてくださいますよ」

「……」


 自分の死を回避し、家族と生きる幸せな未来を掴むための協力者だということ。

 そして昔より少しは外見も成長していると思われたいこと。


 それらを侍女に伝えるわけにはいかなかったので返答に困って曖昧に笑うだけになってしまい、それが更なる誤解を生んだのか「大丈夫です、自信を持ってください!」と全力で励まされてしまった。

 不安になって笑って誤魔化したわけじゃないのよ……!



 そんなこんなで時間は経ち、昼を少し回ったところでアルバボロス家の馬車が屋敷の前に停まった。

 いつもは夫人が最初に出てくるところだけれど、今日はレネが一人でやって来たため最初に姿を表したのはもちろん彼だ。

 豪奢に着飾っているわけではないものの、いつも寮で着ているようなラフな格好でもないせいかいつもより何倍も大人びて見える。――のが少し悔しい。やっぱりもう少し大人っぽいドレスにすべきだったかしら。

 でもお姉様とお母様の色を身に付けていたかったのよね。


 そんなことを悶々と考えつつ迎えに出ると、お母様が「まあ、少し見ない間に大きくなって!」と嬉しそうに感動していた。

 うんうん、親戚のおばさまって感じだけれど、親友の息子ならそれに近いわよね。

 レネも嬉しげに挨拶をすると私の方へ向き直る。


「久しぶり、ヘルガ。元気にしてたようで良かったよ」

「ふふ、そっちこそ」


 実際には数日前に会っているのだけれど、お母様たちには秘密なのでそこは伏せて話を進めた。

 あとは歓迎のお茶会をして、レネは私の客人として来ているから人のいない場所に引っ込んで話し合おう。そう段取りを考えているとレネがごく自然な動きで私の頭を撫でた。

 あまりにも自然すぎて一瞬気づかなかったくらいだ。


 手つきはヘラの姿の時と同じ。

 けど今はヘラじゃないのだけど!? もしかしてうっかり間違えた!?

 そう固まりつつも目で訴えると、レネはパッと手をどけて笑った。


「おっと、ごめん。許可は取らないと失礼だね。ヘルガ、撫でてもいいかな?」

「私の方を名指し!?」


 間違えてたわけじゃないのかしら。

 ならなんで撫でるのよ、とそわそわしつつも混乱しているとお母様が微笑ましげにこちらを見ているのが視界に入った。

 とりあえず失礼なことをしたとレネが怒られる心配はなさそうだけれど、私としては複雑だ。

 レネは眉を下げて言う。


「完全に大人のレディになっていたらどうしようかと思ったけれど、まだ思っていたより可愛かったからついつい」

「……!」


 やっぱり! やっぱり第三者目線でも平均より小さいのが気になるのね!?

 前に親戚から指摘されたこともあるけれど、レネに言われるとなんだかその時よりもショックが大きい。

 それを思わず表情に出していると、ずいっと私とレネの間に割り込んだのはお姉様だった。


「デビュタント前とはいえ未婚の女性の頭を撫でた上に子供扱いは失礼よ、レネ卿」

「すまなかった、ヘーゼロッテ公爵令嬢。次からは先に許可を取るよ」

「そういうことじゃなくて……! いくら幼馴染のような立場だとしても、引くべき一線はきちんと引いて――」


 その様子に私はわなわなと腕を震わせる。


「お、お姉様が私のために怒ってくれてる! 今日の日記に書かなきゃ! 十ページくらい!!」

「あなたが先に怒りなさい……! わ、私に撫でられるならまだしも、成人間近の男性なのよ!? 危機感というものが足りないわ、それにヘーゼロッテ家の次女ということをもっとしっかりと自覚しないと!」

「しかも嫉妬してくださってる! お姉様かわいい好き好きプリティ尊い大好き……!」

「どれか一つにしなさいよ!?」


 突然の供給につやつやキラキラしているとメラリァお姉様は勢いを削がれたのか、レネに「これからは気をつけるのよ」と言って一歩引いた。

 レネには言いたいことがあるものの、今ここで言い争っていても埒が明かない。

 それに仕事中のお父様まで加わったらとんでもないことになる気がする。私は咳払いをすると「とりあえずお茶会に行きましょう」と皆に声をかけた。


 お茶会の準備は万端だ。

 そこで口にする話は当たり障りのないものになるだろうけれど――私とレネの本題はその後だった。

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