第41話 レネの頑張りたいこと

 イベイタスお祖父様は御年九十歳だ。

 日本人の感覚なら平均寿命より生きているご老体だけれど、この世界では魔力の強い人間は比較的長生きする傾向があるので生活のすべてに介護が必要になるほど老いてはいない。

 離れに引っ込んでいても散歩には出てるようだし、足腰の調子が悪い時は車椅子をマクベスに押してもらっているものの、逆に調子の良い時は杖をついて自分で歩いている。


 ……というのはお母様や侍女経由の情報で、私が直接見たのは数える程度だ。

 多分向こうから鉢合わせしないようにしてるのね。


 何にせよお祖父様としても「寿命を迎える前に悲願を果たしたい」と焦ったからという理由で計画を早めることはしないだろうけれど、それでもタイムリミットが見えてきたところなはず。

 時間のなくなってきた人間がどう出るかわからない。

 早く何とかしなくちゃ――と、二回目の情報交換にレネの部屋へと訪れた私は思わず口にした。

 レネはイスに腰かけて微笑む。


「その状態なら逆に念入りに準備をするかもしれない。焦りすぎは禁物だよ」

「……たしかにそうね。最近少しずつわかったことが増えてきて急いてたみたい」


 全体が不明瞭だった時より手元にある情報が多くて、けれどそれぞれがバラバラで上手く繋がらない部分もある。なんだかそれが可視化したみたいで焦っていたのね。

 タイムリミットが見えてきて行動を急く人間の心配をしつつ、一番急いているのは自分だったわけだ。

 私は一旦深呼吸を挟んでから花やお墓のことをレネに伝える。


「イルペルキスか……知ってるけどたしかに普通の花だね」

「ええ。でもイレーナのことは花を供えるくらい大切に思っているようだから、私を嫌うのはまた違った理由なのかと思って――」

「いや、むしろそんな普通の花を偏愛的な人間の墓に供えることで嫌がらせをしている可能性もある。そこまで歪んでるとは考えたくないけれどね」

「そ、その考え方はしたことがなかったわ」


 たしかにそれなら矛盾は薄まるけれど、イレーナが亡くなってから七十年近く嫌がらせしてきたってことになるから別の意味でゾッとしてしまう気もした。

 レネは眉を下げる。


「憶測を確定させるには真実に迫る必要がある。けどごめんよ、忌み子の件についてはまだはっきりしてないんだ」

「前に会ってから三日でしょ、そんなに新しい情報がぽんぽん入ってくるわけじゃないわ」


 イレーナの事件についてだってわかるまで数年かかったのよ、それこそ焦りは禁物ね。そうと笑うとレネは嬉しげに頷いた。

 そうして次の予定について話しかけたところでレネが「あっ」と声を漏らす。

「話しながら剣の手入れをしてもいいかな? 今のうちに済ませておかないと早朝訓練に間に合わないんだ」

「もちろん良いけど……早朝にまで訓練をしてるの!?」

「うん、まあこれは僕から志願したことだから心配いらないよ」

 レネは訓練用の剣を抜くと専用の道具で手入れをし始めた。

 軽々と持っているけれど重いはずだ。そんなものを握って一日何時間訓練してるのかしら……。

 それに座学もあるはず。心配するなって言う方が無茶なお願いだわ。


「レネ、本当に大丈夫? 無理は駄目よ?」

「……たまにヘルガの方が年上に思えるなぁ。でも本当に大丈夫、じつは一度やりすぎて倒れたんだけど、おかげでセーフラインを見定めることができたんだ」


 だから二度と同じことが起こらないようにする、と言ったレネは少し遠くを見た。


「アロウズ卿……アニエラの時はあまり役に立てなかったからね。ヘルガは褒めてくれたけれど、情報収集の技術も結局そこまで武器に出来なかった」


 レネはお父様の故郷とされる土地へ探偵――と呼ぶより密偵と呼びたくなる人材を派遣して調べたりしてくれたけれど、お父様は身分を偽っていたのであまり意味がなかった。

 それを含めて気にしているのかしら。


 でも、あの時できることを一つ一つ試していくことは大きな意味があった。

 はずれを引いたとしても、はずれを引いたこと自体が情報になるのだから気にしなくてもいいのに。

 そう思ったものの、情報に関しては飛び抜けて慎重になるアルバボロスならそんなことはわかっているはず。そう私が思い至ったと感じたのか、レネは眉を下げて微笑んだ。


「情報以外で君を守るすべがなかったこと、それを悔いてるんだ。僕は自分の体を動かして敵に対処する方法を知らなかった。子供であったとしても……悔しいものは悔しい」

「レネ……だからここで剣術に打ち込んでいたの?」

「悔しいなら自分で解決策を見出さなきゃいけないからね」


 聞けばアルバボロス家は情報管理に秀でた家系であり、レネの父や祖父もあまり剣術は得意ではなかったそうだ。

 剣術だけじゃない。馬術など体を使うものはまるっと苦手だったらしい。

 お父様レベルの動きは無理でも、その辺のごろつきに難なく勝てるくらいにはなろう。そう目標を定めて鍛えてきた、とレネは頬を掻いた。


「だからこれからも頑張らせてよ。もちろん心配してもらえるのは嬉しいけどね」

「そう……ごめんね、レネ。私も自分の身を守れるように護身術を習おうかしら。家庭教師の授業に含まれてないのよね」

「あははっ、これでヘルガが僕より強くなったら大変だなぁ」


 そう笑ったレネは手入れの終わった剣を鞘に戻し、机の脇に立てかけると「ああ、そうだ」と振り返った。


「言いそびれてたけど、じつは来月の頭に冬休みがあるんだ。その時屋敷に会いに行ってもいいかな?」

「……! 本当!? もちろんよ、すぐ準備できるように事前にレネから手紙を貰っていたことにしてお母様たちに伝えておくわね!」

「あはは、それは楽しみだ」


 その頃に目新しい情報があるかはわからないけれど、情報交換目的でなくても会えるだけで嬉しいわ。

 二つ返事でOKした後、私はレネにゆっくりと休んでもらうためにヘラを消して自分の体へと戻った。


 そして思い至る。

 成長してから会うのは久しぶり。

 ああして会話しているのもヘラを経由してのことだ。


(……なんか妙に緊張しちゃうわね……って、いやいや、別に何も緊張することはないわ! 自然体でいきましょう、自然体で!)


 レネだって過剰な期待はしてないはずよ。

 身長が低いのはつっこみを入れられるかもしれないけど、まあそれくらいは耐えられるわ。


 そう自分に言い聞かせて床についたものの――結局、私は来月の頭に服装や髪型に大いに悩むことになったのだった。

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