第40話 お墓の白い花

 イレーナの墓はヘーゼロッテ家の屋敷から少し奥まったところにあった。


 目立たない場所だし、周囲にいくつか木が植えられていて遠目からはわかりにくい。

 私が幼い頃から探検と称して敷地の隅から隅まで走り回るタイプの子供なら見つけていたかもしれないけれど、それでも一般家庭の庭とはわけが違うから、見つけるまでに何年もかかっていたかもしれないわね。


(そういえば……こっちの方角ってお祖父様の部屋から見える位置なのね)


 念のためヘラに意識を移して探すことにして正解だったわ。

 上空からでも見つけにくかったけれど、もし生身だったらお祖父様のいる離れから墓へ向かう私の姿を見えていたかもしれない。

 昔は馬を走らせるのに使っていた場所が近いこともあって、だだっ広いのに障害物が少ないのよね……。

 それでも手入れは必要だから使用人の人たちには頭が下がるばかりだわ。


(それにお父様の仕事部屋からも……いや、こっちは一階だから木が邪魔であまり見えないか)


 お父様に事情を説明するわけにはいかないため、これに関しては好都合だ。

 私はなるべく普通の鳥のような動きを演じてから墓の間近へと舞い降りる。墓は古いものだけれど手入れが行き届いており、お母様の言っていた通り小さく白い花が供えられていた。


 ……この花、どこかで見たような?


 花屋とかで扱っているものじゃなくて、もっと身近な――そう、この季節になると普通に自生している花だわ。

 屋敷の敷地内にも小さいながらも群生している場所がある。それはここからでも見ようと思えば見える位置だった。お父様の仕事部屋に面した木々の向こう側だ。

 花自体は小さいので目視は困難なものの、遠目にも白と緑のまだら模様が確認できる。


(あの位置は、……もしかしてあの時マクベスがお祖父様に摘みに行かされてたのって、この白い花?)


 お父様の部屋を見張るための下見をしていた時のことだ。

 不意に影のヤモリとの接続を切ったことで転びかけた私を受け止めてくれたのがマクベスだ。マクベスはお祖父様の側近で、深緑の髪と赤い目をしている。

 数年経った今も相変わらず中性的な美形だった。

 ただ最近はお祖父様が離れに居るため、彼とも顔を合わせる機会が減っている。


 あの時、マクベスはお祖父様に「どうしてもここで採れる花が欲しい」と頼まれてあそこにいた。

 ということはあの時話していた花がここに供えられているものと同じ種類である可能性は高い。


(お祖父様は足腰が痛むようだから花を摘むのを人に頼むのは納得できるわ。そしてイレーナの事件について詮索されるのが嫌だと感じているなら、一番信頼しているマクベスに頼むのもわかる)


 お母様は花の件を知っていたけれど、少なくとも私とお姉様は知らなかった。

 お父様は婿養子という立場だから元から知らないかも。

 そしてイレーナの事件はレネがあれだけ調べないといけないくらい伏せられている。公爵家であり領主でもある一族から死人が出て屋敷の一部まで燃えたのに、だ。


 ――振り返ってみると、かつてレネが教えてくれた『七十年前にヘーゼロッテ家の庭の一部と屋敷の西棟が焼失した』っていう新聞記事はイレーナの事件が中心にあったのかもしれないわね。

 なのに表向きは事故のような扱われ方をされて、イレーナの名前も出てこなかった。

 つまり当時の当主かお祖父様が伏せたんだわ。


 兎にも角にも、お祖父様はあの事件を嫌悪しているけれど――イレーナへの、妹への愛情はある。そんな予想に説得力が増した。

 イレーナの性格は家族にとって迷惑だっただろう。

 しかし妹としては愛していた。


(でも忌み子として私は恨まれている。殺したいほど。……やっぱりこの忌み子についてもう少し詳しく調べないと憶測ばかりになってしまうわね)


 ひとまず私は花をよく観察し、後で何という花か調べることにした。これまでのことと一緒にレネに報告しよう。

 そしてそろそろ夕飯時、侍女が呼びにくる前に起きておいた方がいい。


 ただこの場でヘラを消すと、万一お祖父様やマクベスに目撃されていた場合、墓の傍に着地したのに一向に飛び立たず消え去ったおかしな鳥として記憶に残ってしまうかもしれないため、しっかりと見た後で再び空へと羽ばたく。

 これから家に帰るのは本当だから、巣へ戻る鳥を演じるなんて簡単なことだわ。


     ***


 就寝前にお父様から拝借した植物辞典をベッドの上で広げた。

 素直に「花について調べたいから貸してほしい」と言うと、お父様は特に疑うこともなく絵付きのわかりやすいものを選んで渡してくれた。ありがたいことだわ。


 ……ただ、この世界の辞典は使いやすさを重視はされていないため、大きくて分厚くて重い。

 色々あったから少しは筋力も鍛えてるつもりだったけれど、やっぱりお父様くらい本格的なトレーニングじゃないとダメね。


 ――と、ここまで考えたところで連鎖的に鍛えられたレネの姿を思い出してしまい頭をぶんぶんと振るはめになった。

 真面目にやらなきゃいけないのに邪念が多いわ、邪念が!

 鍛えるのは筋力だけでなく精神力もね……!


 そんなこんなで夜遅くまでページを捲ったものの――わかったのはあの白い花の名前がイルペルキスといい、やはりどこでも見られるような平々凡々とした野生の花ということだけだった。

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