第39話 償い方を知っている人
ドレスを購入した後、折角だから昼食はカフェテラスで食べることになった。
こうしてカフェに立ち寄って三人で食事をするのは久しぶりのことで、つい足取りが軽くなる。お姉様も心なしかうきうきしているように見えた。
さすが私のお姉様、心躍らせているだけで可愛いわ。
テラス席でパンケーキと紅茶を楽しみながら景色を眺める。
向かいの道は大通りではないけれど盛況で、その理由のひとつがお父様とお母様が進めている新事業や対策であることは明白だった。
「お母様、さっき話していた孤児院の運営は順調ですか?」
「ええ、今は効率的な教育を手探りで探しながら、職の斡旋先を見極めているところよ。大人は自分で判断できるけれど、子供たちには良し悪しがわからないことが多いから」
なるべくクリーンな就職先を探して勧めるところまで世話できるように、様々な有力者と話し合ったりと忙しいらしい。
孤児院も初めのうちはやっぱりあくどい人間がいて、援助金の横領をしている人が見つかることもあった。
お母様は「そういう悪い人にはきちんと償ってもらって、それを機に人員の見直しと入れ替えを行なったから大変だったわ」とにこにこ笑いながら言う。
純粋でほわほわした人に見えるけれど、こういうところは強かだ。
お父様が婿養子に入って仕事を引き継がなければ、お母様がたったひとりの領主として切り盛りすることになっていたそうなので、そういう強さはずっと持っていたみたいね。
その時お姉様がフォークを置いておずおずと訊ねた。
「お母様は、その、悪い人間は全員罰されるべきだと思いますか?」
その言葉に思わずお父様の件が脳裏を過る。
お父様の罪と、それを隠蔽する罪を私とレネを含む三人が背負っていた。
しかしお姉様はそのことを知らないので、きっと自分が妹の命を狙ったことがあることを思い返して訊ねたのだと思う。
お母様は緩く首を傾げながら答えた。
「罪の償い方は人々それぞれだけれど――罪を犯す人は償い方もわかっていないことが多いから、捕まえて国に任せるのが一番だと思うわ。罰されることで償えるもの」
「……」
「ただ……メラリァたちは知らないかもしれないけれど、こうした仕組みができたのは比較的最近のことよ。国にもよるし、アシュガルドでも突然変わるかもしれない」
国としての法整備はまだ発展途上ということらしい。
歴史の授業は受けたけれど、さすがに法律関連を専門とする授業はなかったから私も初耳だった。こういう勉強は法律に詳しくあるべき職業の人間か、貴族の世継ぎが行なうことだとお母様は言う。
「だからメラリァもヘルガも馴染みがなくてわかりにくいかもしれないけれど……そうね……私はまだ古い考え方の人間だから、罪人が償い方をわかっているなら国が罰さなくてもいいと思うわ」
「! でもそうすると、その、国の民が許さないんじゃ?」
「以前は私刑も多かったからそうかもしれないわね……だから国が裁くのは罪人を守る意図もあるの」
それをわかった上で、それでも自分なりの償い方を選ぶなら止める気はないとお母様は言った。
「ふふ、もちろん孤児院の悪い人たちは償い方なんて全然わかっていなかったから国に任せちゃったけれど」
「……あの、お母様、私」
私はそう言いかけたお姉様の口元に人差し指をくっつける。
黙っている約束だったけれど、お母様の言葉で衝動的に言いかけたみたい。
――私もお父様の件を吐露したい気持ちを堪えるのが辛かったから、気持ちはわかるわ。
「お姉様、大丈夫です。私は気にしていませんから」
「ヘルガ……」
「……? もしかしてふたりとも喧嘩でもしたの? 片方がしっかりと反省して、片方が本心から許しているならいいのよ。ほらメラリァ、そんな泣きそうな顔しな……あらあら、ヘルガまで?」
お母様は真実を知らない。
だからこの言葉を許しと捉えるのはおこがましいのだけれど、鼻の奥がツンとしてしまった。
元気出して、とお母様が自分のパンケーキにのったフルーツを私とお姉様にわけてくれる。こうして気を遣わせることが申し訳なかった。
……うん、申し訳ないならここは明るくしないといけないわ!
私は貰ったフルーツの代わりに生クリームをお姉様にわける。
するとお姉様は慌ててパンケーキの大きな一切れをお母様に差し出し、食べきれないわよというお母様の言葉で笑いが起こった。
……お父様と私の罪を明らかにする日は来ないかもしれない。
明らかにしたとしても、死ぬ間際の懺悔になるかもしれない。
けれどその間ずっとそのことを忘れず、今の立場でできる最大限の償いを続けていきましょう。
そして、私も成人したら人の役に立つ仕事をしたいわ。
そのために私は意を決してお母様に訊ねた。
「お母様、私、成人後は仕事をしたいんです。ただ他の道があることもわかっています。そこでお聞きしたいんですが……ヘーゼロッテ家の女性について教えてもらえませんか? 参考にしたいので!」
「あら素敵! うちは……そうねぇ……」
お母様は青空を見るように視線を動かして考えた後、親戚数人の名前を出す。
当たり前だけれど、どの人もまだ存命な女性ばかりだ。
「パスカおばさま――ああ、正確にはイベイタスお父様の従兄弟の娘さんは王都の方で糸を中心とした貿易のお仕事をしているわ。その子供のメリスちゃんも成人後に女性騎士になったんじゃなかったかしら?」
「わあ、それは凄いですね!?」
「うふふ、でしょう? あと王族の使う馬の飼育と調教をしているのはカサンドラ……いえ、レベッカだったかしら……ああ! ふたりともだわ!」
なかなか聞きたい名前を聞けずにヤキモキしていたものの、お母様の話は想像以上に実りのあるものだった。
教育は男性優位だけれど、本人が希望して技術や知能がつり合うなら女性でも様々な職に就けるのがアシュガルドらしい。
もちろん相応の大変さはあるだろうけれど、貴族の娘には政略の道具になる道のみ、なんてことはないってハッキリして良かった。
「あと結婚して家庭を守っている人もいるわ。私は家庭も仕事も好きだからどっちも手放せなかったけれど」
「ずっとお屋敷に残った人もいらっしゃるんですか?」
「そうね、色々な理由でそういう生き方をした人もいるわ。たしか……イベイタスお父様の妹さんもそうだったかしら」
「!」
ついに触れられた。
私は逸る気持ちを抑え、平静を装いながら話を進める。
「お祖父様に妹がいたなんて初めて聞きました! どんな方だったんですか?」
「それが私が生まれる前に亡くなったからよく知らないのよ。ああ、でも」
お母様は何かを思い出したのかぱちりと手を叩くと、屋敷がある方角を見ながら言った。
「うちの敷地内にお墓があるのよ。この季節になるとそこにいつも同じ花が供えてあるの」
「お墓が!?」
「ええ。でも屋敷からは離れているし、目立たない位置にあるからヘルガたちは知らなかったでしょう?」
「は、はい。その花はもしかして……お祖父様が?」
そうかもしれないわね、とお母様は頷く。
花を供えるくらいだから、お祖父様は忌み子の呪いだなんて言われていたイレーナを恨んでない……むしろ大切にしてるのかしら。
でもそうだとすると共通点の多い私を殺したいほど憎む理由がわからないわ。
余計に不可思議なことが増えたかも。
(……でも、それは情報が増えたって証拠よね)
あとでそのお墓に足を運んでみよう。
そう心に決め、私はパンケーキの最後の一切れを口に運んだ。
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