第38話 三日に一度がいいな

 イレーナ・ヘーゼロッテが不義の子だったわけではない。

 嫁いできた彼女の祖母からの隔世遺伝だ。イレーナはこの地域では珍しい白銀の髪に緑の目をしていた。

 そんな彼女が心を患い、そして非業の死を遂げたことを曾祖父は「忌み子の呪い」と呼び、その影響でお祖父様も私を忌み子と呼んだ……ということは、共通点である『外見特徴がヘーゼロッテ家のものではない』というのがキーなのかしら。


 ただレネは忌み子の呪いについてはまだ何を指すのかわからないと言っていたから、この予想もまだ推測の域を出ていないということね。


「でも……いくら生まれにくいっていったって、今までもそういう人は何人も居たんじゃない? どうしてそこまで過敏になるのかしら」

「まだ得て日の浅い情報だから調べきれてないけれど、これからその条件に当てはまる人間が誰か、そしてどれくらい居たか、あとその頃に起こった事件を重点的に探ってみるよ」

「それがわかればもっと色々推測できそうね……ありがとう、レネ。私もお母様にそれとなく訊いてみるわ」


 お礼を伝えるとレネはにっこりと笑った。

 ……相変わらず何かを企んでいるような笑みに見えてしまうけれど、中身はとっても善人だってわかってるわよ、レネ。


「さて、僕はそろそろシャワーを浴びて夕食に行くけれど……ヘルガ、また来てくれる?」

「もちろん! 毎日は難しいけれど、そうね……一週間に一度はどうかしら? 決まった曜日の決まった時間に集まって、もしどちらかが急用で集まれなかったら翌日の同じ時間にもう一度試みましょう」

「三日に一度がいいな」

「まさかの要求ね!?」


 ぎょっとしているとレネは「君の声が聞きたいんだ」と歯の浮くようなことを言った。

 こういうテクニックも情報収集に必要なんでしょうね……。子供の立場という武器は使えなくなったけれど、順調に次の武器を得つつあるようだわ。

 そう褒めるとレネはとても微妙な表情をした。あまり触れられたくない部分なのかしら。


「まあ新情報のおかげでこれからわかることも多いだろうし、情報交換は活発にしておいて損はないわよね。わかったわ、三日に一度にしましょう」

「よかった、じゃあ時間は……もし大丈夫なら今日より少し遅くできる? 剣術の先生が熱血漢でね、身分に関係なく見込みのある人は全員居残りで扱くっていう感じなんだ」


 た、大変ね。

 それなのに遅くまで付き合ってもらって大丈夫なのかしら。

 心配になって訊ねてみると、レネは「平気だよ」と頷いた後にこちらを覗き見た。


「僕はそっちの方が心配かな。イベイタス卿に動きはないそうだけれど……水面下でどうなっているかはわからない。もうヘルガも十五歳だし、警戒は怠らないでね」

「ええ、もちろん」

「何かあったら時間とか関係なく僕を呼ぶんだよ」


 本当に頼れる協力者だわ。

 こうして私たちは三日後に再び会う約束をし、この日はヘラを消して床についた。

 お祖父様が計画を実行に移すとすればもうそろそろ。そう思うと毎日心がそわそわしていたのだけれど、今日は安堵した気持ちで眠れそうだ。


(……と、思ってたんだけど)


 よほどインパクトが強かったのか、目を瞑るたび成長したレネの姿が浮かんできてなかなか寝つけなかったのは致し方のないことだった。


     ***


 翌日になり、私はお姉様と共にメリッサお母様に連れられて洋服店を訪れていた。

 なんでもお母様が服を新調する必要があり、なら折角だから娘二人の服も見ましょうということになったのだ。お母様と一緒に出掛けたのも一年ほど前のことなので嬉しい。


 それに、こういう日常を過ごすたび目標がはっきりするのよね。

 私は家族との日常を手放したくないから頑張っているんだもの。


「それにしてもお母様、どうして服を新調することになったんです?」

「あら、ヘルガには言ってなかったかしら。ふふ、孤児院の子供たちがとっても元気だったのよ」


 孤児院の増設はお父様がヘーゼロッテ領のスラム縮小のために行なった対策のひとつだ。他にも税金の見直しや新規事業の開拓、スラムの住人を優先した再教育と雇用に関しても進めている。

 お母様もそれに賛成し、時折孤児院の様子を見に行っていた。

 もちろんただ見に行くだけではない。孤児院への援助金が正しく使われているかそれとなくチェックする役割りも持っている。

 そのついでに子供たちと遊んだりもするのだけれど、お母様はそれに対しても全力だった。


「あー……つまり汚されてしまったと」

「ううん、追いかけっこに参加したら転んだの」


 それ、元気なのはお母様では!?


 お母様も治癒魔法は使えるものの、効果は微細だ。

 しかも治癒は使用者本人には効きづらく、より詳細に表現するなら他者特化の治癒だった。

 これは私にも当てはまるらしく、魔法を使えるからって無理はしないようにと言われてきた――のだけれど、口酸っぱくそう言っていたお母様がこうなので少し説得力がない。

 兎にも角にも気をつけてくださいね、と口にしていると少し離れた所にいたお姉様が明るい声を発した。


「お母様、見てください! この綺麗な黄色のドレス、日の光に当てるときらきら輝いてお父様の髪のようじゃないですか!?」


 お姉様も年を重ねて十八歳。赤い髪は艶を増して更に美しくなり、少し大人びた顔つきはとても美しい。蝶の羽化に喩えようと思ったけれど、元から綺麗だからちょっと違うわね。蝶という存在さえも上回るなんて、さすが私のお姉様だわ!

 ……という心の叫びが顔に出ていたのか、お姉様は「ヘルガ、あなたまた変なこと考えてたわね?」と半眼になった。ええ、はい、その通りです。


 私は十五歳になっても身長は低いままだった。

 もちろん成長はしているけれど、平均身長よりは低い。

 レネは少し大人っぽくなったって言ってくれたけれど、直接会ったらびっくりするんじゃないかしら。私ももう少ししたらお姉様みたいに背が伸びるといいのだけれど。


(でもお母様もお父様も身長が高い方だし、まだ望みはあるわよね。頑張って、私の成長期!)


 その結果を出すためにも生き残らないといけない。

 社交界デビューするのがポピュラーな年齢は来年から。延ばせても恐らく二十歳まで。それまでに事故に見せかけて殺すつもりならそろそろなんだけれど、まだデビュタントの日が決まっていないから不確定だ。

 ただ、お姉様は十八歳になって社交界デビューした。

 ということは私もその辺りを目安にデビューが決まるはず。


 あと少しだわ。

 これが上手く解決すれば家族で順風満帆に過ごすことができる。


 そう固く信じながら、私はお姉様やお母様と同じ赤色のドレスを手に取って二人に見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る