第37話 忌み子の呪い
たしかに手紙は学園に届いていた。
届いていたものの――勉学に集中するため、この学園では届いてから専用の部屋で一時保管され、週に一度各人に配布されるシステムだったらしい。
レネからの返信速度はまちまちで、長く返ってこなくても勉強が忙しいんだなと自分で納得していたので一度も気になったことがなかった。催促したこともない。
それにこの世界の郵便は遅くなって当たり前な認識なので違和感はなかった。
――それがまさかこんな出来事に繋がるとは思わなかったけれど!
ひとまず私が後ろを向いてレネに着替えの続きをしてもらい、その間に事情を説明する。ラフな部屋着になったレネはベッドに腰かけて私を枕の上に乗せた。
「なるほど、いやぁしかし……それにしたって驚いたよ」
「ご、ごめんなさい、べつに覗くつもりはなくて――」
「ヘラの体で喋れるようになってるとは思わなかった。さすがヘルガだね!」
「あっ、そっち!? え、ええ、長い間特訓と調整を重ねた賜物よ。声も似てるでしょう?」
取り繕うようにそう問うとレネは「うん、でも少し大人っぽくなったかな」とにこやかに言う。成長を褒められるのは素直に嬉しい。
しかし特に言及してこない辺り、レネは半裸を私に見られたことを気にしていないみたいね。
私だけ引きずっているのも変に気まずくなりそうだから、ここはこちらも気にしないようにしましょうか。
そう考えているとレネが「あとタイミングも良かったね」と笑った。
「タイミング?」
「うん、さっきのアートゥとは最近仲良くなったんだけれど、彼から良い情報が手に入ったんだ」
「それって……もしかしてヘーゼロッテ家に関係したこと?」
そうだよ、と頷いたレネは先ほどのアートゥという人物について説明してくれた。
アートゥ・カルベトス。年はレネと同じ十七歳。
彼は代々続く衛兵の家系で、アシュガルドに存在する様々な領主に雇われていた。
その歴史はアルバボロスが情報の管理を任されるようになったのより長いという。
衛兵として重宝されているのは優秀なこともあるけれど、血筋を大切にする貴族は伝統も大切にする傾向がある。
それも大きいだろうね、とレネは言った。
あとは私の予想だけれど、アシュガルドは内紛の少ない豊かな国だからっていうのもありそうね。
でないと色んな領地で同じ一族が警備を担当するってリスクが大きそうだもの。
「彼の父は隣の領地の領主が雇っている衛兵だ。そしてその従兄弟の大叔父がヘーゼロッテ家の領地で衛兵をしていたことがあるそうなんだ」
ちょっと続柄がややこしかったけど、つまりアートゥの親戚がうちの領地で衛兵をやってたってことね。
昔のヘーゼロッテ家を知っている上、事件が起これば直接関わることになる衛兵だ。その筋からの情報なら期待できそう。
緊張しながら耳を傾けているとレネは声をひそめて続けた。
「その大叔父が衛兵として勤めていた時、ヘルガのお祖父様……イベイタス様の妹が事故で亡くなったらしい」
「お祖父様の妹? えっ、でも妹がいたなんて話は――」
いや、お祖父様から直接は聞いていないけれど、スラムの路地裏でお父様から聞いたわ。
かつてイベイタスお祖父様は妹を失い、それを知っていたお父様の一族が復讐に利用するために姉妹の妹である私を狙った。
けれどお祖父様は私を忌み子と嫌っていることは知らなかったから、もし私を見せしめに殺せても失敗に終わっていた作戦よ。
お祖父様が私を嫌う理由と、妹を失った件が繋がっているかはわからないけれど、お祖父様という人物を知る助けにはなりそう。
それに、そう、衛兵として勤めていた時に起こったことなら当時の様子を事細かに見ていた可能性があるわ。
そわそわしながら先を促すとレネは私の頭をぽんと撫でた。
……ヘラの姿をしているから鳥と錯覚してるのかしら。
「元々イベイタス様の妹は心を病んでいたそうでね。表向きは病弱ということにしていたけれど、警備に関わる一部の衛兵には伝えられていたそうだ」
「……それって機密事項とかそういうのじゃ……」
「ふふ、アートゥの一族は衛兵として重宝されているけれど、一族すべてが優良で同じ質ってわけじゃないってことだよ。アルバボロス家の僕みたいにね」
レネには助けられてるからそういう自虐はやめてほしいところだけど、とりあえずアートゥもその親戚も口が軽い方らしい。
でも一族の積み重ねてきた信用があるから、大ごとでもない限りは問題にならないのね。
レネは仕切り直して話の続きを始める。
曰く、イベイタスお祖父様の妹は名前をイレーナといい、お祖父様より二歳年下だった。
そしてそんなイレーナはよく眠れなくなったり情緒不安定になる女性で、異性に恋を繰り返しては依存して更に病んでしまうタイプだったという。
家族になにか難があったわけではなく、生まれつきの性質が悪い方へ転んでしまった結果らしい。
もし最初はそこまで重くなかったとしても――現代日本ならまだ相談先はあるかもしれないけれど、この世界じゃどこにもないし余計に拗らせたのかもしれないわね。
「イレーナはその夏もたまたま仕事に来ていた庭師に一目惚れ、何度か会話した後にわざわざ雨の日に森に呼び出して愛情を試したそうだ。恋仲じゃなかったそうだけれど」
「
「そして森で雨宿りしていたところに雷が落ちて、亡くなってしまった」
ぎょっとした私にレネは「同じ頃に落ちた雷でヘーゼロッテ家の屋敷の一部も燃えたらしい」と付け加える。
「ヘルガ、これが重要なところなんだけど」
「え、ええ」
「当時その事件についてヘーゼロッテ家の人間……イベイタス様の父親が話していた言葉が『忌み子の呪い』だったんだ」
忌み子。
ここでその単語が出てきたことにより、やはりヘーゼロッテ家の過去を調べることが解決の糸口だったと悟った。
そこでレネはほんの少し申し訳なさそうな顔をする。
「忌み子の呪いがなにを指すかまではまだわかっていないんだ、ごめんね。ただこの情報を元にまた別のツテから調べられると思うから、ガッカリはしないでほしいな」
「ガッカリなんてするはずないわ、私なんてお祖父様の動向すら上手く把握できてないのに……!」
色々と理由を付けて別館の間取り図は入手したものの、影の羽虫で調べてもほとんど動きがないから活かせる日が来るか怪しいわ。
そう伝えるとレネは「でも魔法の特訓をしてるじゃないか」と笑った。
「情報を集めることだけが対策じゃない。ヘルガはやれることをやってるんだから大丈夫だよ」
「……ならレネも大丈夫ね?」
レネはきょとんとすると「ありがとう」ともう一度私の頭を撫でる。
やっぱりこれってわざとなのかしら。
よし、今度直接会ったらヘラを撫でさせてあげましょう。影で出来てても手触りは私のお墨付きよ。
「そうだ、あともうひとつ重要な情報があるんだ」
「もうひとつ? イレーナに関すること?」
「うん。……ヘルガ、ヘーゼロッテ家の外見の特徴は知っているね?」
ヘーゼロッテ家の本家筋、つまりお祖父様の血筋は赤い髪にオレンジの瞳をしている。
これはお姉様とお母様にありありと出ているわ。
遺伝しやすいのか生まれる子も大抵がこの色で、もし違っていてもどちらか片方は受け継いでいるのが普通らしい。誕生日パーティーで会う親戚もそんな感じだった。
ただ私はお父様と同じ髪色と目の色をしていて、それがお姉様ともめる原因のひとつにもなっていた。
レネは一旦目を伏せ、再び薄紫色の瞳を見せると同時に言う。
「――イレーナもヘーゼロッテ家の特徴をひとつも継いでいなかったそうなんだ」
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