第34話 ヘルガの協力者
「そうだ、ちょっと訊くのが怖いのだけれど……レネ、あなた的にはお父様が家系魔法を偽っていたことは大丈夫なの?」
ふと気になってそう問うと、レネは人差し指で自分の顎を撫でながら少し思案するそぶりを見せた。視線は横に流されている。
――まだ子供なのになんて色気のある仕草。
恐ろしい子だわ。真面目な空気の中で無意識にそう思ってしまうくらいには。
「闇魔法か。影を使うことも含まれる魔法だからね……そして、ほとんどの一族はそこまで使えないわけか。それなら名称を影魔法に改めても良い基準は満たされてる」
「ああ、やっぱりそういう考え方に……」
「家系魔法は血筋と個人の才能に左右されて弱まったり強まったりするから、名称や内容の改訂はわりとあるんだよ。故にアルバボロス家への申請もすべてが嘘ではない。だから――ギリギリかな!」
これもレネが一人前の大人、つまり一人前のアルバボロス家の人間なら追及する部分だと彼は語った。
それでも私たちが話し始めた際、内容を察して席を外さなかったのはギリギリセーフだと予想できていたからこそだそうだ。
なにはともあれひとまずはホッとしているとお父様が言った。
「しかし、まさかあの公平なアルバボロス家の三男が協力者とは思わなかったよ」
「まだ未熟者だからこそです」
「それでもさ。どうしてここまでしてくれるんだい? 未熟であれアルバボロス家がここまでお目こぼしをするなんて初めて聞いたぞ」
「……ヘルガを気に入ったから、ですね」
レネのその回答にお父様の目つきが狂犬と思しきものになった。
立場は理解していると思うから完全に無意識ね……。
レネは特に怯えることもなく「ヘルガはアルバボロス家の目から見てもとてもイレギュラーな存在です。それを知るきっかけになったのは我が家系の魔法、つまり我々一族が自分の力で手にした情報ですから」と続ける。
お父様はアルバボロス家の『自分たちの力で得た情報を大事にし、同時に執着する』という特徴を知っているのか、レネの説明ですぐに納得した顔をした。
レネはその執着を発端にヘルガ・ヘーゼロッテという存在に興味を持ち、優先順位の高い情報の源である私を助ける選択と同時に約束もした。
アルバボロス家は嘘を嫌うため、今はその約束を優先して動いている。
約束を守るために嘘をつく場面もあるという綱渡りは未熟者だからこそ出来ていることだけれど、ひとまず今は心配ない。
レネがそれを丁寧に説明すると、お父様は「子供に世話をかけてしまってごめんよ」とばつが悪そうに言った。
レネがやっていることがアルバボロス家として大分危なっかしいとよくわかったらしい。
レネはお父様の顔を覗き込む。
「……まだ罪悪感がありますか? 僕に世話をかけたからだけじゃないですよね、その表情」
「それは――そうだよ。だがこの罪悪感と共に生きていくと決めた」
「お父様……」
でもまだ隠し通すのに支障が出そうだ、とレネは言う。
この件はお母様にも隠し通さなくてはならない。
お姉様は、その、お父様に関して今もまだ盲目的なところがあるから大丈夫かもしれないけれど、お母様は私より長くお父様と一緒にいた人だ。
恐らくお父様が私を殺すか否かで悩んで上の空だった時も、詳細がわからなくても心配していた。特に調子が悪そうな時も敏感に察知して「休んだ方がいいわよ」と声をかけていたくらいだ。
たしかに今後も罪悪感で潰れそうになりながら過ごしていたら、いつかはお母様の知るところになるかもしれない。
けれど罪悪感を失っていい立場でもない。
そう考えているとレネが続けて言った。
「ここは第三者である僕が言った方が効果がありそうかな……」
「?」
「あの女性は最後まで改心しなかったけれど、アロウズ様は心を入れ替えました。罪悪感を持つなとは言いません。けど、これから真実を隠しながら善行を積んで生きていくことに負い目を感じる必要もありませんよ」
レネはお父様の目を真っすぐ見る。
「聖人アウロカリーデをご存知ですか?」
「あ、ああ」
「彼は大悪党でしたが改心し善行を積み聖人と呼ばれるまでになりました。最期の瞬間までそれを隠し通し、生い立ちが明らかになったのは後世になってからです。彼は後ろめたくて善行を積んだのではないか、という見解も多いですが――」
「――それでも行なってきた悪行が消えないように、善行も消えはしないと言われている」
はい、とレネはお父様の言葉に笑顔で頷いた。
「僕はあなたがそういう生き方をしてもいいと思っている、第三者です」
「……」
「もちろん全て開き直って幸せに生きるのも良いですけれど。どちらでもヘルガが望んだ結果になるので」
「……ははは、嘘偽りない言葉だね。さすがアルバボロス家……いや、一族の特性とは少し異なるか」
お父様はどこか諦めたような、それでいて納得したような表情をしてレネへと視線を返す。
目を逸らしたりせず、真っすぐに。
「それは君の正直な気持ちなんだね、レネ君」
「はい」
「……聖人と同じような生き方はできないかもしれないけれど、僕なりに頑張ってみるよ。それに、うん、そうだね、沈んだ顔ばかりしていては何も知らないメリッサたちに心配をかけてしまうか」
――私も事実を隠したという罪を背負っている。
お父様と同じように、消えない善行を沢山積んでいこう。
これは……もう順風満帆な人生とは言えないのかもしれないけれど、それでも。
だって、家族全員で生きていけるのが一番良い人生だもの。
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