第35話 君が大切だから

 お姉様とは仲直りした。

 お父様の説得には成功した。

 そして、このふたりはお互いに私の命を狙っていたことを知らないままだ。


 つまり計画通り穏便に進められている。そして残っているのは――母メリッサの父であり、私の祖父であるイベイタスお祖父様だけ。


 彼が私を嫌う理由である『忌み子』と呼ぶ原因はまだわかっていない。

 これから期限付きの、それもいつ実行されてもおかしくない状況で調べていくことになるわ。


 お見舞いには一度も現れなかったけれど、私がヘーゼロッテ家の家系魔法も正式に使えるようになった話はお祖父様の耳にも入っているはずだ。

 制限があるとはいえ、治癒系の魔法は暗殺したい側からすれば厄介だろうから、使いこなせるようになる前に手を打とうと動く可能性はあるわ。お父様の時のように。


 お父様の件が一段落した今、こちらも早めに調べ始める必要がある。

 そして、その調査にはお姉様もお父様もお母様も巻き込めない。


 お母様以外の家族が私の命を狙っていたことを知られないようにしないといけない都合上、致し方のないことだけれど――「こんな父親だけれど何かあれば頼るんだよ」と言うお父様や「何か考え込んでるみたいだけど……わ、私が聞いてあげてもいいわよ」と言ってくれたお姉様に頼ることができないのは、少し寂しかった。


 でもこんな状況で頑張るのには慣れてきたわ。

 それに。


「また危ない目に遭うかもしれないから、もう協力しなくてもいい。……なんて言っても無理やり関わってくるんでしょ?」

「あはは、僕のことがわかってきたね、ヘルガ」


 自室の窓辺で隣に立つレネが笑う。

 お父様の件でレネは大怪我を負った。

 幸いにも私の治癒魔法が成功して傷跡すら残らなかったけれど、それでもあの光景は簡単には忘れられそうにもない。


 私は見た目通りの精神年齢じゃないわ。

 つまり大人が子供を巻き込んで危険に晒したのよ。

 いくら自分の身が子供でも避けようのない事実だった。


 しかしレネはまったく怖気づいていない。

 むしろ引き続き積極的に関わろうとしている。

 勇猛と言うべきか無謀と言うべきか迷うところだわ。両方かもしれないわね。


「ここで無理やり突き放しても、そのあと単独行動をされるくらいなら……これからも仲間として宜しくお願いするわ。でも無理だと思ったらすぐに言ってちょうだい、引き留めたりはしないから」

「それはないよ。僕はアルバボロス家の特性をきっかけに知った君の情報を大切にしたいし、その情報についてもっと詳しく知っていきたいからね。それに――君をひとりで立ち向かわせるわけにはいかない」


 レネ以外に協力者は作れない。

 信頼できる昔からのメイドにも、侍女にも、家庭教師にも、もちろん家族にも。


 レネは子供だけれど、だからこそ万一ばれても見逃される可能性がある。

 それにもしお祖父様に知られても、レネの一族の特性や地位が彼を守ってくれるわ。お祖父様だって下手にアルバボロス家を敵に回して、様々な方法を駆使して痛い腹を隅から隅まで探られるのは嫌なはず。


 だからこそレネは協力者にうってつけ。

 そんな彼がいなくなれば、今後はまたひとりで試行錯誤していくことになる。


 今まではそれが普通で、協力者を得るだなんて夢のまた夢だった。

 だというのに、そんな『前と同じ』に戻るのが嫌で堪らない。


 私の中にたしかにあった心細さを見透かされたようで、不甲斐ないけれど目頭が熱くなる。

 それを誤魔化すために私は笑みを浮かべた。


「ありがとう、レネ。それじゃあこれからも宜しくね」

「うん、もちろん!」

「あっ……でも完全に無償っていうのは私が嫌なの。あなたにとっては協力すること自体が報酬みたいなものなのかもしれないけど。それに……」


 お父様の件で、私は彼にお礼をしたいと考えていた。

 だからといってお礼の言葉だけじゃ私の気が済まないし、現金なんてもってのほか。アルバボロス家として知りたいであろう情報はもう大体渡してしまった。


 だから何か欲しいものはない? と直球で訊ねる。

 きっとレネの性格ならこうした方が正解だわ。


 レネはしばらく考え込んでから口を開く。


「ヘルガが夢を叶え――」

「私が夢を叶えることがお礼になるっていうのはナシ」

「対策されてるなぁ。それじゃあ……今後、僕が欲しいって言ったらお菓子を作ってくれない? もちろんヘルガの手作りで」


 お菓子を?

 そう問い返すとレネはにこやかな笑みと共に頷いた。


 お菓子はクッキーでもマフィンでもなんでもいいらしい。

 しかも一回限定ではなく、これからレネがリクエストしたら必ず作るという、いわば食べ放題チケットのような形式だった。

 私としては全然足りないけれど、それを補うほどこれから沢山作ってあげられる可能性はある。


「……そうね……わかったわ、それで妥協しましょう」

「お礼をする側がもっとあげたいけど妥協するって不思議なシチュエーションだね」

「あら、あなたがもっと俗物的ならこうはならなかったのよ。アルバボロス家の特性っていうのも大変ね」


 でもお菓子が食べたいなんて子供らしい面が見れたから良しとしましょう。

 そう思っているとレネが目を細めながらこちらを見た。


「一族の特性も確かにあるけれど、そればかりじゃないんだ」

「そうなの? 個人的な興味?」

「アルバボロス家の者としてじゃなくて、僕がヘルガに死なれたら嫌なんだ。君が大切だから」


 お父様への言葉もレネとしてのものだった。

 アルバボロスの特性が独特なものでも、そこに個人の意思がまったく影響していないわけじゃないってことね。――と感心していたところで思わず目を瞬かせる。


 大切だから死なれると嫌?

 レネの顔を見ると彼はにこにこと笑みを浮かべていた。


「さっきのはどういう意味!?」

「うーん、……訊ねなくてもヘルガがわかってくれるまで説明はお預けにしようか」

「なんでそうなるの!?」


 慌てる私をよそにレネは楽しげにしている。

 まだ十代前半なのにポテンシャルが半端なくない!?


 でもいくらマセててもここで私が照れるのはいけないことだわ。だって私は大人だから。

 ひとまず今は親しい仲間として大切だと解釈しておきましょう。


 そう心の中で頷いていたというのに――レネに手を握られ「僕からも伝えておくよ。これからも宜しくね」と言われると、どうしようもなく落ち着かない気分になるのは体の年齢に精神が引っ張られているせいなのかしら。


 お祖父様のこと以外にも考えることが増えてしまったかも。


 そんなことを考えながら、私からも「改めてこれからも宜しく頼むわ」と返す。

 どんな理由にせよ、私の一番の理解者であり協力者でいてくれる人の手を握り返して。

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