第33話 『誘拐』の顛末

 レネが『お見舞い』というていで私の部屋へと訪れたのは一週間後のことだった。

 お父様はそれまで「すべて上手くいっているよ」と言うばかりでどう対処したのか詳しいことは教えてくれなかったのだけれど、レネと私が揃った時に話そうと考えていたらしい。


「この子がヘルガの協力者だと聞いたからね。それに彼を待っている間にヘルガも回復するだろうと考えたんだ」


 それでもあらましは話してほしかったところだけど――精神的な負荷は魔力の回復に障りが出ることもあるそうなので、お父様はそれを心配したのね。


 私が倒れたのは過度な魔力消費と治癒魔法の副作用が重なったせいだった。

 安静にして休めば回復するけれど、体力と魔力を同時に大きく消耗したので一時は危ない状態だったらしい。

 それならお父様が過保護気味に心配するのも頷ける。


 けれど今はばっちり元気になったわ。

 そしてこの部屋にいるのは私とお父様とレネだけ。

 さあ話してください、と視線を向けるとお父様は私が倒れた後に起こったことを説明し始めた。


「まずヘルガの望み通り、僕の素性と目的については徹底的に伏せた。その上で罪はアニエラに被ってもらったよ」

「アニエラはどうなったんですか?」

「死んではいないが廃人も同然だ。あの薬には手を出すべきじゃなかった。――そんな従姉にすべての罪を被せるのは、更に大罪を犯す行為だったけれど……」


 あの場でお父様が取れる選択肢はそれしかなかったという。


 同じ罪を犯していた親族はアニエラ以外に残っておらず、他に罪を被れる者もいなかった。犯罪組織化していても志が同じ人間はいなかったようだし、お父様が不在の間に組織もだいぶ弱体化していて離散状態にあったそうだ。

 アニエラには人を纏める才能はなかったのね。


 そこでお父様はアニエラを誘拐の主犯とし、他の一味はその場から逃げたように細工して私とレネを抱えて憲兵の元まで走ったらしい。

 本当は一刻も早く医者に診せたかったけれど、自分の正体を伏せるなら下準備は怠ってはならないと自らを奮い立たせたとお父様は言った。


「でも逃げたように細工するなんてバレませんでした……?」

「細工はね、十八番なんだ」


 その一瞬だけ見せたお父様の眼光は酒場で店長に見せていたものそっくりだった。

 ――私のお父様、ベンダロスの狂犬はやっぱり見た目通りじゃないみたい。


 それからお父様は一味の根城だと偽装して、お父様の隠れ家の一つを『突き止めさせた』らしい。

 この一連の流れも裏社会の繋がりとお金の力を存分に発揮したそうだ。

 おかげでお父様の素性についてはなにひとつ割れておらず、目覚めたレネと口裏を合わせたこともあり疑いの目は向けられていない。

 そう聞いて私は心底ほっとした。


「良かった……さすがベンダロスの狂犬ですね、お父様」

「!? なんでその二つ名を……」

「あっ、その、影のコウモリに意識を移して助けを求めに出た時に、お父様が店長さんと話しているのを見まして」


 私のその答えにお父様は二重の意味で驚いた様子だった。

 まず娘に口の悪い姿を見られたこと。そして。


「ヘルガ、あの時僕は君のヘラを預かっていたはずだ。なのに一体どうやって二体目を出したんだい。それにアニエラと戦っている時、朦朧としていたが……黒いヒョウがいたのも見間違いじゃないね?」

「私、同時に二体までは出せるんです。片方は小さくしなきゃいけないし、細かな動きはさせられないから、捕まっていた時のヘラには同じ動作を繰り返す指示だけしてました」

「……」


 思っていたより私が成長していたからなのか、お父様は言葉を失っていた。


 今は封印されているけれど、お父様も昔は色んな影の動物を出せたのかもしれない。

 この力を伸ばすためにも、後でもっと詳しく訊ねましょう。

 そしてそれを目標にするなら私が今できることははっきり伝えておいた方がいいかもしれないわね。


 私はお父様の動向を調べる際に使った魔法――ヤモリを監視役にしたこと、羽虫で下調べをしたこと、その際もヘラにはダミーの役割りを与えたことを伝えた。

 お父様はしばらく黙り込んだ後に質問を口にする。


「監視といっても夜中は無理だろう? ちゃんと眠れてたのか?」

「そこはぬかりないですよ、影の動物たちが見たものは後から見返せるので! もちろんリアルタイムではないですし後手に回る可能性もありましたけど、いざって時に体力がないと意味がないですからね」


 リスクとしてはトントンじゃないかしら。

 折角大きなヒントを見つけたのに寝不足でヘロヘロ、頭の回転も悪くて下手を打ってバレてしまった……なんて結果にはしたくなかった。調査は体が資本よね。


 話を聞き終えたお父様は慎重に言葉を選びながら言う。


「ヘルガ」

「はい」

「アニエラが話していただろうが……我々の家系魔法は同時に出せるのは一体まで、最小サイズは小動物程度までなんだよ」

「……は、はい」

「そしてリンク中に視覚を共有できても、影が単独で見ていたものを後から見返すことはできない。……はず、なんだが……」


 あの沈黙は早い成長に驚いたわけじゃなくて、私の影の使い方にあったってこと?


 お父様は視線を下げると肩を震わせる。

 あまりにもおかしな魔法の使い方で異常だと思われたのかもしれない。

 不意にそんな想像が頭の中に湧いてしまい、取り繕おうと軽くパニックになりそうになった心を抑えるのに苦労した。

 しかしお父様はバッと勢いよく顔を上げると私の両手を掴む。ガシッと音がしそうな勢いで。


「さすが僕の可愛い娘だ! いや、もちろん元気に生きているだけで素晴らしい存在なんだけれど!」


 ……。


 抑える前にすでにパニックに陥ってたのかも。悪い想像をしすぎたわ。

 そうよね、あんな状況でも私を助ける選択をした――そして今までの親ばかっぷりも実は演技じゃなかったお父様が、これしきのことで娘を異常だと思うはずがなかったわ。


 ほっとしているとレネと目が合った。


 安堵している私を微笑ましく見ている目。

 けれどその瞳の中に好奇心が見え隠れしている気がするのは気のせいかしら。

 アルバボロス家の人間からすると私はかなり興味深いみたいだし、その興味深さに磨きがかかったのかも……でも怪しんだり嫌な予感がしないのは、今はレネを信用しているからこそだわ。


 そんな目に見守られながら、お父様の問題はすべて終わったと心の底から安心したかったけれど、その前に問うべきことがある。


「お父様、どうして私の魔法が規格から外れているのか心当たりはありませんか?」

「……」

「お父様?」


 言い辛そうに視線を外したお父様はそのまま黙り込むかと思いきや、数秒言葉を探してから口を開いた。


「アルバボロス家の人間の前で言うのは肝が冷えるんだが……僕の家系魔法は本来は影ではなく闇を操るものなんだ」

「闇!?」

「影の使役はその初歩中の初歩だね。でも闇で自分を隠したり他人の影を操ったり、そういう熟達した使い方をできる者はなかなかいなかった。つまり家系魔法の力をすべて引き出せるのは天才だけだったってことだ」


 しかし先祖には確実にそういう天才がいた。

 だからそれが遺伝したんじゃないか、というのがお父様の見解だった。


「ヘーゼロッテ家の家系魔法についてはわからないが、まず二個持ちという時点で規格外すぎるからね。まるでふたり分の魔力が合わさったみたいだ」

「……それに治癒は光属性です。光と闇は相性が悪いように思えますが、持ちつ持たれつの属性なのでひとりの人間が同時に身に宿すと相乗効果が生まれるのでは?」


 そうレネが意見を出す。

 相乗効果……ということだけでなく、お父様の言葉の中にも気にかかることがあった。


(私には前世の記憶がある。もしかしてただの転生じゃなくて、本来ヘルガ・ヘーゼロッテとして生まれるはずだった子の分まで魔力があるんじゃ……? いや、でも)


 家系魔法二個持ちがよくわからない。

 それなら元々のヘルガ・ヘーゼロッテと前世の私の魂が同居してる、とか?


(……もしそうならひとりだけどふたりとしてカウントされて、家系魔法が二個になりました、っていうのもわかる。うーん、でもお父様は私が生まれる前に封印魔法を施されてるのよね、封印後は遺伝しないのが通例みたいなんだけど)


 判然としないことばかりだけれど、転生の時点で判然としないどころではないので今更なのかもしれない。

 そう考えているとお父様とレネの議論が終わったようだった。


「ヘルガ、ひとまずこの件は保留にして、今後の君の魔法がどうなっていくか見守りながら警戒することにしよう」

「見守りながら警戒?」

「ああ、成長すれば闇まで操れるようになるかもしれない。これは強大な力になるが、使い手にとっても危険なものだ。大きな力は他人から狙われるからね」


 そして警戒はお父様とレネしか行なえない、と説明される。

 もし影魔法ではなく闇魔法だと明るみに出れば、お父様が家系魔法を詐称していたと再び疑いの目が向くかもしれないからだ。


 天才以外は使えないのなら『誤認していてわからなかった』で通せるかもしれないけれど、闇の使役が家系魔法ともなると、記録を遡られてお父様たちの一族に辿り着くかもしれない。

 そうすれば、結果がどうなるかはすぐに想像できる。


「わかりました……でも魔法の訓練はしていいんですか?」

「ああ、リスクもあるが使いこなせず暴走するほうが恐ろしいからね」


 闇に関してはお父様が秘密裏に教え、治癒に関しては後でお母様から詳しく教えてもらうことになった。

 もちろん路地裏で大怪我を負った人間ふたりを相手に使ったことは伏せて、傷ついた野鳥をきっかけに目覚めたことにして。


「――ヘルガ、こんな足枷になるような力を継がせてしまってごめんよ」

「そんな! 影の動物たちには沢山助けてもらいました。私は足枷だなんて思っていませんよ」

「けれど……今だから言うが、君に影魔法を教えてほしいと懇願された時、君がいつかうちの家系魔法を究めてしまうのではないかと心配だったんだ」


 二個持ちという特殊な体質ならありえるのではないか、とお父様は危惧していたらしい。

 娘が小さな頃から『我が子のことを天才かもしれないと思って慌てるお父さん』って構図だったわけだけれど、お父様は相当気が気でなかったようだ。


 本来は継がれるはずではなかった家系魔法からお父様の素性がバレて、計画が頓挫する可能性。

 そして憎んでいるヘーゼロッテ家に自分たちの家系魔法が奪われたという逆恨み。

 そのふたつの理由から私の殺害計画が早まるかもしれない、と。


「実際に君はあの年で影を使いこなしていた。僕らから見ればすでに天才の卵だ。そして結局、計画も早まってしまったからね」

「あの催促はそういう理由があったんですね……」

「ああ。……さっきも言った通り、大きな力には相応の危険が付きまとう。その危険はいつ襲ってくるかわからないから警戒し続けないといけない。それを君のような子供に強いるなんて、足枷に他ならないだろう」


 それを言うなら治癒も規格外で警戒が必要な大きな力だ。

 もしかするとお父様は、自分の家系魔法まで受け継いだ相乗効果が治癒の強まった原因として考えるなら『巡り巡って自分のせい』って感じに思ってるのかしら……?


 精神的に弱ってる時は悲観的になるし、自罰的にもなるわよね。

 私にも覚えがある。


 それにお父様が罪悪感に呑まれやすくなっているのだとしたら、それは罪の隠蔽を頼み込んだ私も原因のひとつだわ。

 私も現状を考えると不安ではあるけれど、お父様の罪悪感の原因を自覚しているなら――かけるべき言葉がある。


「お父様、それでも私は大丈夫です」

「ヘルガ……」

「どんな背景があろうと、私はお父様の魔法もお母様の魔法も、両方受け継げたことを誇りに思っていますよ。これから何があっても私の宝物です」


 だからそんなに悲観せず、一緒に生きていきましょう。


 そう伝えるとお父様は涙を堪えて笑みを浮かべ、私の手を握って頷いた。

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