第32話 今は私も心から
お父様から受け継いだ家系魔法は影の動物を作り出し、操るもの。
そしてヘーゼロッテ家の家系魔法は治癒魔法だった。
治癒といっても何でも治せる大きな力を持って生まれてくる子は稀で、普通は擦り傷などを治す程度だという。お母様の持つ治癒魔法もそれが限界だった。
それでも奇跡と呼べるほど稀少な魔法で、代わりに使用者の魔力を消費するだけでなく体力まで消耗するというハンデがある。
匙加減を間違えると使用者がいとも簡単に命を落とすため、影魔法の時よりも『これは成人してからにしなさい』と口酸っぱく教えられていた。
魔法っていうのは抜身の剣のようなものだ。
いくら持ち主でも不用意に触れれば怪我を負う。
そんなリスクと秤にかけても――今この瞬間、家族と恩人を助けられる可能性があるなら使わない手はない。
ぶっつけ本番の治癒魔法は眩い光を放った。
これは発動時に余計な魔力が外に漏れているせいよ。
そんなことで消費されずに内側へ、レネとお父様の中へ行きなさいと祈りながら魔力を折り畳む。
その時、体の中が突然からっぽになったような感覚に襲われた。
貧血に見舞われたかのように頭が揺れて倒れそうになる。そんな私の背中を必死になって這い寄ったお父様が支えた。
無茶はやめろと止められるかもしれない。
そう思っていると、お父様は呼吸を整えながら言う。
「いいかい、ヘルガ。君は今までにないほど大きく魔力を消費していて、すべて使いきってしまったように感じているかもしれないけれど……まだヘルガの中に魔力は残っている」
「残っている……?」
「そうだ。その魔力を丁寧に掬って認識するといい。安定するはずだ」
あとは落ち着いて進めるんだ、とお父様はしっかりと私を支えながら伝えた。
その手に体温が戻ってきているのを感じ、安堵しながら私は治癒を続ける。
大切な人たちから命を奪おうとする傷なんて消えてしまえばいい。
……ただ、そうやってシンプルに祈っているだけじゃ駄目だわ。
今の私は――そう、指揮官のようなもの。もっと的確に指示しなくちゃ救えない。
影の動物だって初めに指針となる指示を出さなきゃいけないくらいだもの。それと同じことよ。
私に医療知識はないけれど、それでも想像力と前世の知識を総動員した。
血管をはじめとする大切な組織を再形成して、あとは血栓ができることが怖かったから、治癒の力に出血で体内に残った血や血の塊を外に出してから皮膚の表面を治癒するよう指示する。
「でもこれで合ってる? ……なら、よし、そうだわ」
「……! ヘルガ、もう血は止まっている。これ以上無理はしなくていいんだよ」
「いいえ、お父様。影の動物たちが動くのに指示が必要なように、治癒にも同じことが言えます。私の指示でどこまで出来たかはわからない。でも治癒の力はしっかりと命令を聞いてくれている。だから……」
恐らく残りの魔力はあとちょっと。
大事に掬っても残り少ない、とさっきより慣れたおかげで把握することができた。
それなら最後に念押しの指示をしておくわ。私が安心して家に帰れるように。
治癒の力に『しばらく体内に留まり、異常があれば平時の状態に沿うように癒して』と指示を送る。
平時の状態についてはレネの体もお父様の体も私は知らなすぎるから、より的確に指示できるように私の体の状態を参考にするよう補足した。
性別や年齢の違いはあるけれど、今ここで一番健康な人間よ。
傷を治すのはともかく生命維持の参考としては申し分ないはず。
目に見えない力がレネとお父様の中へと入り込み、しかし消費はされずに留まり続ける。
それを見届け――私はお父様に支えられながら意識を手放した。
***
頭が痛い。
片頭痛ではなく風邪を引いた時みたいな痛みだ。
その痛みを足掛かりに瞼を持ち上げると、目の前に広がっていたのは薄汚い路地裏ではなく見知った天井だった。
自分の部屋だ、と気がついたところで部屋に入ってきた女性――お母様の侍女が慌てた様子で出て行き、すぐにお母様、お父様、お姉様の三人が駆けつける。
お母様もお姉様もなにも知らない様子で、ただひたすら私を心配してくれていた。
つまり、お父様は私の願いを聞き届けてふたりに真相を黙っていてくれたんだわ。
お母様たちの話では、私は悪党に誘拐されて閉じ込められていたところをお父様が発見し、連れ戻す過程でお父様たちが怪我をしたため……私が慣れない治癒魔法を使って倒れたということになっていた。
ただ、さすがに瀕死の重傷を治したということまでは伝えなかったみたい。
お母様たちの心配の種を増やすだけだものね。
レネは娘を探し回るお父様に「僕も連れて行ってください」と自ら懇願して同行していた、と説明したらしい。
そして悪党――アニエラの凶刃から私を庇ったという話も。
そこまで聞いて私はベッドから勢いよく上半身を起こす。
「レネは!? レネはどうなりました!? もしかしたら私の治癒が不出来だったかもしれなくて――」
「大丈夫よヘルガ。レネ君も今はアルバボロス家の屋敷に戻って休んでいるけれど、貧血以外は問題ないってお医者様が言っていたわ」
本当?
そう口にする前に安堵したせいで力が抜け、私はお母様の腕に背中を預けながらベッドへと戻った。
……よかった、もし失敗して意識を失った後にレネの身になにかあったら後悔してもしきれないところだったわ。
お母様曰く、レネは私が目覚めたら連絡が欲しいと言っていたらしい。
そしてすぐに駆けつけるとも。多分『すぐに』は双方の両親に止められるだろうけれど、それでももしかすると近いうちに元気な姿を見れるかもしれない。
そう考えると自然と笑みが浮かび、緩んだ頬をお姉様に摘ままれた。
「ヘルガ、あなた緊張感なさすぎよ。怖い思いをしたのによく笑ってられるわね?」
「たしかに怖かったけれど、ふふ、今はお姉様もお母様も傍にいるので」
「図太い! 私なんて――」
なにか言いかけたお姉様はハッとして咳払いをする。
しかし代わりに隣のお母様がにっこりと笑って言った。
「メラリァはヘルガが心配で夜も寝られなかったのよね」
「おおおお母様! なんで言うんですか!」
「だから私の部屋に枕を持参して入ってきて……」
「お母様! お母様! あ、あれはお母様のほうが不安なんじゃないかと思っただけです!」
あらあら、と私とお母様が微笑むと、お姉様は「同じ顔で笑わないで!」と真っ赤になった。
そんなお姉様の手を握って私は素晴らしい思いつきを口にする。
「お姉様、それでは今夜は一緒に寝ましょう!」
「なにが『それでは』なわけ!? ……ま、まあ、あなたもあんなこと言って少しは怖い気持ちが残ってるでしょうし、その提案を突っぱねる理由はないけれど……」
「それでこそお姉様です!」
「なにが『それでこそ』なわけ!?」
真っ赤なままそう言いつつも、お姉様はどこか安堵しているようだった。
そしてお母様も、お父様も同じだ。
……お父様とレネとは後でもう一度しっかりと話す必要があるけれど――今は、私も心から安心させてもらうことにした。
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