第24話 決戦前日のお出掛け
翌日は準備、つまり説得に必要な言葉を纏めることに費やした。
贅沢な時間の使い方だと思うけれど、一番大切なものだとも思う。
私は――初めは自分の順風満帆な人生のために家族を欠けさせたくないと張り切っていた。けれど、今はこの家族全員で幸せになりたいし、家族が道を誤る前に止めたいと感じている。
お父様の説得はまだ一度もしていない。
失敗の可能性も、成功の可能性もある。
裏を返せば絶対に失敗すると決まった選択肢でもないわけだ。
説得し、一族の居場所を教えてもらい、拠点を叩く。
そして一族を捕まえて、もしお父様のことを自分たちの一員だと主張しても被害者である私がお父様の無実を伝えて、お父様にも口裏を合わせてもらおう。
(それでも、もしもどうしようもなくなったら……)
穏便に済ませることを諦める決意。
そんな決意を準備するための期間でもあった。
罪を償うことになる道でも、お父様が生きているならそれでいいと、そうきちんと『決めなくてはならない瞬間』に判断できるように。
***
こんな心情なのでお父様の前で普段通り振る舞えるか少し不安だったけれど、今日のお父様は珍しくメラリァお姉様を連れてふたりでショッピングに行っていた。
お父様の標的は私だからお姉様の身に危険はないはず。
それでも少し心配だったものの……両手いっぱいのプレゼントと共に帰ってきたお姉様はホクホク顔で、お父様は少しぼろぼろに見えた。
満喫してきたらしい。ホクホクなお姉様は可愛い。
いくら切羽詰まった状況でもお姉様が可愛いのは心和ませるのに十分な理由なので、私は目いっぱい暖かな視線を送っておいた。
するとお姉様がメイドたちと共にプレゼントを持って自室へと移動し、お父様だけがその場に残される。
玄関から入ってすぐの階段からそれを見下ろしていた私へお父様の視線が向けられ、ゆっくりと近づいてきた。思わず体が強張る。
「ヘルガ」
「は、はい、なんでしょう?」
「今日はメラリァと買い物へ行ったけれど、明日はヘルガと一緒に行こうと思うんだ。どうだい?」
「明日、私とですか!?」
決行日の前日にお買い物に誘われるなんて思っていなかった。
危険かもしれないけれど、普段なら断ったことがないので不審に思われるかも。
レネとの約束も明後日だし、断る理由がすぐに浮かばない。
勉強があるから……と言ってもさすがに一日中じゃないし、お父様側から「今日は無しでいいよ」と調整することも可能なはず。
体調が優れないから……というのも下手をするとレネとの約束まで大事を取って休ませられかねない。それは困るわ。
(なんでそのタイミングなのかしら、最後に思い出を作っておこうってこと……?)
お姉様とお出掛けしたのもそういう意図だったのかも。
見せしめに私を殺すだけでなく、お父様の正体も明かして残った家族を絶望させるのも計画の一部。つまり普通の家族として過ごせるのもそこまでだ。
――この思い出作りはお父様のためだけでなく、死にゆく私のためでもあるのかもしれないけれど。
答えに困っているとお父様は「だめかな?」と心配げに訊ねてきた。
(……警戒しているのを悟られないためだけじゃなくて、説得するための情報を集めるのにも活かせるかも)
少なくとも二人きりで話す機会があるのだ。
お母様やお姉様やお祖父様たちに聞かれたくない以上、お父様と二人きりで話せるチャンスっていうのは貴重だろう。
私は覚悟を決めると「行きます!」と頷いた。
***
翌日、街の大通りにて。
ざわめく人々の間を歩きながら私とお父様は様々な店を覗いていた。
領民から見ればお父様はとんでもない身分のお客になってしまうので、ある程度は服のランクを下げてバレないようにしている。お忍びという感じかしら。
とはいえ知り合いが見ればすぐにバレる程度だけれど、今のところ効力を発揮しているようだった。
「ヘルガ、なにか食べたいものはあるかい?」
「ええと……その、まだお昼には少し早いんで……」
「あ、そうだね、ならまずは新しい服を見ようか」
お父様は手近な服屋に入ると「この子に今日着て帰れる服をいくつか見繕ってくれないか」と店員に頼んだ。
前に似た店へ行った時は採寸してオーダーメイドで頼んで、受け取りに行くのは後日のことだった。
私もなにも知らなければ「この場で買うんですか?」と少し不思議に感じるくらいだったと思う。そして、まあ貴族全員が既製品を買わないわけじゃないし気に入ればその場で購入もするわよね、と納得してたはず。
実際にもう早々サイズが変わることのないお母様は既製品を買うこともあった。
でも今なら予想できる。
これ、たぶん明日私を殺す予定だから持ち帰りなのよね……。
複雑だわ。でも表情に出ないようにしないと。
「お嬢様、どのようなお洋服が好みですか?」
「えっと、リボンやフリルの少ない布のしっかりしたワンピースってありますか?」
私の年頃にしては珍しい注文だったのか店員は少し目を瞬かせたけれど、すぐに笑みを浮かべると四着ほどワンピースを持ってきてくれた。
私はその中からスカート部分が焦茶と白のストライプ柄、襟や端々のアクセントにミントグリーンの使われたワンピースを選ぶ。
可愛いけれど動きやすいものをチョイスしたの。
生地も注文通りしっかりしていて破けたりしづらそうだわ。
そこへタイツも合わせてお父様は購入してくれた。
「ヘルガ。……よかったらそれを着て帰らないか?」
「お父様が良いなら是非!」
どういう心境で提案したのかはわからないけれど――ここで沢山思い出になることを作ったり、昔を思い出すことを促したりすれば説得の時に言葉を聞き入れてもらいやすくなるかもしれない。
私は買ったばかりのワンピースに着替えると裾を摘んで笑った。
「少し前までなら大きかったサイズですね。今はぴったりです」
「ああ、メラリァの時も思ったけれどヘルガも大きくなったね」
「はい! またすぐ大きくなってしまうかもしれないですけど……このワンピース、これからも大切にしますね!」
だから殺さないで。
そう心の中で続け、何年か後にもう着れなくなっちゃいましたねとこのワンピースを眺められることを祈る。
お父様は――相変わらず温かい眼差しでこちらを見ていたけれど、返事をしないまま一瞬だけ視線を下げた。
本来思うべきことじゃないのだろうけど、なぜか悪いことをしている気分になった私はお父様の手を引く。
「そろそろ頃合の時間ですし、今度こそご飯にしましょう?」
「そうだね……じゃあ」
「大きなハムサンドがいいです!」
「はは、じゃあ美味しいハムサンドを出すカフェに行こうか」
お父様はにっこりと笑って私の手を握り、そのまま歩き始めた。
***
ハムサンドにクルミのケーキまで付け、その後はアクセサリーを見て回る。
ただ気になったイヤリングは子供には少し大きすぎたので眺めるだけに終わった。
広場では様々なパフォーマーが出し物をしており、マネキンかと見間違えるほど微動だにせずポーズを決めている姿に拍手を送る。
前にお姉様への花を買った花屋の前も通りかかった。今の季節は黄色の花が多い。
お父様みたいですね、と笑うとはにかむような笑みが返ってきた。
そうしている間に時刻は夕方に差し掛かり、私はお父様の袖を軽く引く。
「お父様、そろそろ帰らないとお仕事が溜まってるんじゃないですか?」
「心配いらないよ、この日のために前倒しにして終わらせてきたからね。それとも疲れてしまったかな?」
「少しだけ……」
「なら」
お父様は私の手を引いて道を進む。
屋敷とは反対方向だ。
「最後に見せておきたいものがあるんだ」
「見せておきたいもの? なんですか?」
その問いには答えず、お父様は細い路地を進んでいった。
段々と整ったレンガ道から、でこぼことした年季の入った道に変わっていく。
私は手に冷や汗をかかないよう細心の注意を払った。
(……もしかして計画まで前倒しに、なんてことないわよね……?)
お父様は計画実行は予定通りにしてほしい派だったはずだ。
あそこまではっきりと決まったことをわざわざ早めるとは思えないし、一族の人から更に早めろと言われても聞かない気がした。
でも、気がしただけだ。
これは駄々をこねてでも「疲れたから帰りたい!」と言えば良かったかもしれない。せめて今からでも、と思っているとお父様が不意に足を止めた。
見せたいものがあるとは思えない暗い路地だ。
周囲に人影はない。
(……そういえば)
今日、お父様は右手にも指輪をしていた。
普段は結婚指輪しかしない人だ。それが右手の薬指にも指輪をしている。
指輪は黒く小さな石の付いたものだった。
その石が鈍く光ったのを見てはっとする。
この世界には家系魔法の他にも魔法が存在している。
ただしそれは自由に身一つで使えるものではなく、魔法の封じられた魔石を用いるものだった。
この指輪の石は、魔石である。
そう気づいたものの、途端に瞼を両手で覆われたような眠気が襲ってきて膝から崩れ落ちてしまった。
「お父――」
ヘラに指示をする間もなく意識がなくなる。
その直前、倒れた私を抱き止めた腕はいつものようにとても優しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます