第12話 アルバボロスの少年
突然現れた少年は硬直している私の前でうやうやしく礼をすると、その所作に似合わないフランクな口調で名乗った。
「僕はレネ・アルバボロス。ラスティ・アルバボロス公爵の三男だよ」
「れ、レネ?」
「そう。君はヘルガ・ヘーゼロッテだよね?」
反射的に頷くと少年――レネは嬉しそうに笑った。
さっきの笑みよりもう少し年相応の幼さが見える笑みだ。
「やっぱり! 蜂蜜みたいな髪も草原色の目も父様たちに聞いた通りだ」
「……? もしかしてあなた……お母様が招待したっていうお友達の息子さん?」
レネは「そうだよ」と肯定する。
つまりこの子は話に聞いていたお母様の親友の息子であり、魔法の適性検査を担う一族の息子だということだ。
お母様は直接会った時に色々と説明するつもりだったのか私にあまり話していなかったけれど、一族のことは事前知識としてある程度は知っている。
適性検査を担っている一族の名はアルバボロス家。
そしてアルバボロス家はうちと同じ公爵の位を持っている家だ。
レネはにっこりと笑うと遊園地でも前にした子供のように声を弾ませて言った。
「話を聞いてからずっと気になってたんだ、奇跡の家系魔法二個持ちの女の子! こんなの今まで聞いたことないよ、本当に両方使えるの? 体に異変とかはない? 家系魔法は使いこなせてる? 他に同じような人はいない? どんな感覚なの?」
「ちょ、ちょ、待って待って、落ち着いて」
予想外の食いつきっぷりに私は思わずたたらを踏む。
レネが前のめりすぎて壁まで追い詰められそうな勢いだわ。
今まで子供の好奇心の標的になったことがなかったから、まさかこんなに圧のあるものだとは思ってなかった。それともこの子だからこそなんだろうか。
とりあえず、穏便に済ませるためにも質問には答えておいたほうが良さそうね。
「て、適正検査では両方使えるって出たわ。でも今使えるのはお父様の方だけで、お母様の方はまだ練習していないの。体が変な感じはしないわね、ええと……あと使いこなせてるって言いきっていいかわからないから、これは練習中ってことで」
影の動物に意識を移すのは問題なかった。一発で成功したくらいだ。
でもこれは私の精神が前世から引き継いだもの、つまり成熟していたからこそだと思う。なので一応この場では濁しておいた。
「他に同じ人がいたかどうかはわからないけれど……検査官の人たちが見たことないのならいなかったんじゃないかしら。二個持ちの感覚は普通の感覚を知らないから説明しにくいわ」
「へえ……僕の質問に全部答えてくれた子は初めてだよ。すぐ逃げられるか適当に濁されるんだ」
でしょうね、と言いそうになるのをぐっと堪えて私はドアを指した。
「とりあえず出ましょう、ここってお父様の部屋なの。忍び込んだのがバレたら怒られてしまうわ」
「あはは、ヘルガって意外といたずらっ子なんだね」
「そうよ、お転婆なの」
そう言いながら今度こそ便箋を丁寧に畳み、元通りに封筒へ戻すとひきだしを閉める。念のため鍵はかけずに発見時の状態を再現しておいた。
急いでドアへと向かう私の背後からレネが言う。
「もうひとつだけ質問してもいいかな」
「そういうのは出てから――」
「ヘルガは父親から命を狙われてるの?」
私は足を止める。
手紙の内容まで見えていたのだろうか。
……あの一瞬で?
そう疑問に思ったけれど、あれだけ気配を消して近づけるということは検査官の血筋という特殊な立場上、普通ではない教育がされている可能性があった。
たとえば瞬間記憶をできるとか、観察眼が鋭いとか。
「……」
ゆっくり振り返る。
初めに振り返った時よりはスムーズに振り向けたが、気は重い。
「……お父様の小説だって言ったら信じてくれる?」
「娘の名前を使った手紙形式の小説だなんて、それはそれでどうかと思うけれど」
もの凄く見事に反論できない。
それでも口籠っているとレネは私と目線の高さを合わせて言った。
「助けを求める先がわからないなら協力しようか? 僕はまだ若いけどツテはあるんだ。怖い父親だってどうにかできるよ」
「そ、それは遠慮するわ。だってお父様を捕まえるってことでしょう?」
「? その方がいいでしょ」
きょとんとするレネに私はふるふると首を横に振る。
「それじゃ駄目。私は今の家族の状態を保ちながら穏便に解決したいのよ。だからお父様のこともみんなに秘密にしたまま、一対一で解決するつもりだったの」
「でも危ないよ」
「わかってる。でも……危険をわかった上で、それでもぎりぎりまで頑張りたい」
危険なことくらいもう何年も前から、それこそ七歳の頃から承知している。
死の恐怖だって一度死んだ身だからわかるわ。
それでも私は今の家族をひとりも欠けさせたくなかった。お父様も、お姉様も、お母様も、お祖父様も諦めたくない。
今や私の目指す『順風満帆な人生』には必要不可欠なものだから。
レネはしばらく考え込むと、私を部屋の外に連れ出しながら口を開いた。
きっとまた説得されるんだろうなと思っていたけれど――
「じゃあ、穏便に解決するために協力してあげるよ」
――彼の口から飛び出したのは、そんな予想外の言葉だった。
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