第11話 新しい手紙には
ひきだしは閉まっていた。
しかし鍵が机の上に置きっぱなしだった。
お父様、うっかりのバリエーションが豊かね……。それとも上の空だったことと何か関係があるんだろうか。
私はそっと鍵を差し込み、慎重にひきだしを開ける。
ひきだしの中の手紙はいつも一定の量しかなく、恐らく決められた期間を過ぎると秘密裏に破棄されているようだった。もし今までのやり取りをすべて保管していたとしたら今頃このひきだしには収まりきらなくなっていただろう。
その一番上に真新しい手紙があった。
私は恐る恐る封筒から中身を取り出す。その間も出入り口が気になって仕方ないのは覗き見をしている罪悪感のせいだ。
(ヘラを見張りに出来たらよかったんだけれど……)
ヘラは魔法で作り出した存在。
家族だけの時ならともかく、招待客の居る場所で常時魔法を発動させているのは失礼にあたるらしい。たしかに剣の達人だからってパーティー会場で抜き身の剣を持っていたらおかしいわよね。
そんなわけでヘラは現在私の部屋で留守番中だ。
一度消してここに呼び出し直すことも出来るが、そこに時間をかけているならさっさと手紙を確認してしまった方が早い。
私は意を決して便箋を広げる。
「……!?」
そして初めてひきだしの中を見た時のように目を疑った。
手紙に書かれていたのは私の殺害を早めるようにという催促。その理由は私が『お父様の家系魔法を受け継いでいるから』らしい。
どこの一族かバレるから?
けれどおかしい。お父様の家系魔法は封印の際に申告されているし、私が家系魔法二つ持ちだとわかった際も魔法の内容は周知されていた。バレるも何もすでに隠す意味がない。
だとするとやっぱり前に疑った通り、家系魔法の内容を偽っていたのだろうか。
「……」
そして気になることがもう一つ。
手紙の内容から察するに、お父様は予定を早めることを拒否していた。
――予想はいくつか思い浮かぶ。
まずお父様が私を含む家族に情を持ってしまって、出来るだけ先延ばしにしたいから。
もしくは私以外の家族には情を持っているので、彼女らの平和を少しでも長引かせたいから。
あるいは手紙の中で「お前は父に従順すぎる」や「融通が利かない」と言われているので、お父様的に譲れない線引きかこだわりがあるから。つまり自分の父に下された命令は途中で変更しないだとか、一度決めた予定は覆したくないとかそういった思考だ。
(お父様はどちらかといえば予定管理や計画が甘い方だけど……)
知らない一面は確実にある。
ひとまず計画を早めることに決定したわけではないようだが、前より毎日緊張しながら過ごすことになりそうだ。心労を感じた胃がきゅうと痛んだ。
せめて誰かに相談できれば良かったんだけれど、いつ考えてみてもお母様やお姉様は論外だし、メイドや家庭教師だって巻き込む形になってしまう。地位という立場が弱い人間を巻き込むのは嫌だ。
悩んでいると畳みかけの手紙の上に影が落ちた。
私のものではない。
さっと血の気が引くのを感じながら、私は手紙をそれ以上畳めないまま固まる。
(お父様? いや、でもそうだとすると影が小さい。もしお姉様だったらこんなもの見せるわけには――)
私は震えながら呼吸を整え、意を決して振り返った。
ここからどうするべきかは結局相手が誰なのかわからないと決めようがない。だから誰であっても驚くまい、すぐに対応を決めるために頭を働かせるんだと決意しながら。
しかし――それだけ覚悟していても私は驚くはめになった。
「だ……だれ?」
振り返った先に立っていたのは、じつに興味深げな顔をした薄紫の瞳を持つ少年だった。
黒髪……違う。黒に見間違えるほど暗い紫の髪の毛をしている。切れ長の目は常に笑っているような印象があるけれど、目の色がわかる程度には開いていた。その目が私をしっかりと見ているのだ。
そして私はこの子が誰なのか知らない。
どうしてここに居るのかもわからない。
手紙を見られたかどうかすらわからない中、その混乱が表情にもろに出てしまった。少年は何かに気づいた顔をすると眉をハの字にして笑みを浮かべて言う。
「ごめんごめん、驚かせたかな? 僕、気配を消して近づくのが得意なんだ」
その笑顔はどことなく狐に似ていた。
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