第6話 お父様にお願い!

 屋敷の近くには森が広がっている。


 野生動物がいるため私たちは入ってはいけないことになっていたけれど、実際のところは『ごく浅い場所まではOK』という暗黙の了解が出来上がっていた。

 なにせ手入れされている場所は日当たりも良くて道も舗装されているのだ。


 鬱蒼とした雰囲気もなく、森林浴にもってこい。

 そんな森へと遊びに出掛けたメラリァお姉様が戻ってこない、と朝から騒ぎになっていた。


 昨日の昼下がり、いつものように私がお姉様の元へ行くと「私はこれから森へ行くから後にしてちょうだい」とすでに身支度を終えたお姉様が言ったのを覚えている。

 もちろん一人ではなく、お姉様が気に入って侍女並みに専属状態になっているメイドのミカリエラを伴っていたけれど、そのミカリエラも含めて夕方になっても屋敷に戻らなかった。

 そして日が暮れて一晩経った今も状況は変わらずだという。


「お姉様……」

「ヘルガ、心配なのはわかるが家から出ないようにね」


 男衆と森へ捜索に出る間際、お父様はそう言って私の頭を撫でた。

 ――お父様も不安げだけれど、私のことを心底心配しているという顔だ。

 ちょっとあの手紙のことが嘘のように思えてくる。


 私はしばらくの間は大人しく家で待っていたけれど、窓から見える森の木々を眺めていると居ても立っても居られなくなってしまった。


 森も奥まったところへ行けば獣道ばかりになり、人の手が十分に入っていないせいで日の光も届きにくい。

 そんな場所でお姉様が夜を明かしたかもしれないのよ。

 そばにミカリエラもいるかもしれないけれど、子供の身にはとてもとても恐ろしい体験であるはず。

 そして今もそれは続いているかもしれない。


(森で迷子になっているんじゃなくて、誘拐されたんだって噂も流れてるけど……どっちだとしてもお姉様は心細い思いをしているはずだわ)


 私はあることを思いつき、それを実行できないものかと夜になって戻ってきたお父様の部屋を訪れた。


 姉が不在で心細くて来たと思ったのか、お父様は温かい笑顔で私を迎え入れると優しく抱き寄せてくれる。

 ……部屋に入る直前、笑顔を作る前に憔悴した顔をしているのが見えた。

 やっぱりお姉様のことも本当に心配しているみたい。


「お父様、私……お願いがあって来たんです」

「お願い? いいよ、教えてくれ。もし寂しくて怖いなら夜は一緒に寝ても――」

「お父様の家系魔法の使い方を教えてくれませんか!」


 私の申し出にお父様は目をドングリみたいにまん丸にした。

 お父様の家系魔法は任意の動物の姿をした影を召喚できるもので、結婚を機に封じられている。アシュガルドでは固有の家系魔法を一本化するため、婿入りや嫁入りする際はこうするのが普通らしい。


 そして召喚した影とは任意で五感を共有することが可能で、これが使えれば屋敷から出ずにお姉様を探しに行けるといった寸法だ。


 でも適正有りと診断されても使い方まではわからなかった。

 そういう魔法を習うのはもう少し先のことだ。

 その時までは気にしなくていいか、と思っていたのだけれど――今一番欲しい力でもある。

 だから私はお父様に頼み込んだ。

 いくら封印されていても使い方やコツは忘れていないだろうと予想して。


 しかしお父様は首を横に振る。


「ヘルガ、あれは難しい魔法なんだ。共有の際に精神を割いて影に入れる形になるから、未成熟なお前だと戻って来られなくなるかもしれない」

「未成熟とは?」

「……子供はまだ自我が発達しきっていないだろう。なんてお前に言ってもわからないかもしれないが――」


 私は眉をきゅっと寄せて言った。


「わかります。そして心配には及びません」

「ヘルガ?」

「あの森で二晩です。二晩も過ごすことになったお姉様のことを思うと夜も眠れません。お腹も空いているでしょうし、野生動物に怯えているかも。……早く安心できるこのお屋敷に戻って、温かいスープを飲んでほっとしてほしいんです」


 両親の前ではなるべく隠してきた大人の顔。

 それを晒しながら、私は自分の体の中にある魔力のうねりを確かめる。

 これを使ってお姉様を救えるなら救いたい。――自分に嘘をついていない、本物の気持ちだ。


「もう一度言います、お父様。私に家系魔法の使い方を教えてください。……このヘルガ・ヘーゼロッテ、絶対に自分を見失うようなことは致しません」


 お父様はしばらく黙り込み、そして僅かに視線を逸らした。

 その先に例のひきだしがあったけれど、すぐに私を見ると肩に手を添える。


「……わかった。でも必ず近くに僕がいる状態で使うこと。約束できるね?」

「はい!」

「よし、ではメリッサにも伝えて準備をしてくるよ」

「お母様に? 心配かけてしまいそうだから内緒でも――」


 お父様は困り顔で笑うと内緒話をする時のように人差し指を立てて言った。


「どの道あとでバレてしまうだろう。怒ったメリッサはそれはもう怖いんだ」

「……ふふ、わかりました。反対されたら私も説得を頑張ります!」


 尻に敷かれた旦那様。

 そんな雰囲気にくすくすと笑いながら、私はお父様の後を追って部屋を出た。


 ――こんなお父様が実の娘、しかもなぜか私だけを殺すつもりなんて、やっぱり嘘みたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る