第5話 大好きの証
その日から怒涛の毎日が続いた。
とはいえ、これは私よりもお姉様の方が強く感じたことだろう。
まずは共に過ごす時間を増やすため、私は事あるごとにお姉様に話しかけた。
会話をしなくても傍にいるだけで育まれる絆もあるけれど、マイナスからのスタートだから積極的に話しかけるべきだという判断よ。
それに今まで我慢してきた『お姉様との会話』を私が心置きなく楽しむためでもあった。どれだけツンツンされても私にとってはご褒美だわ。
「一緒に本を読んでください!」
……と、お姉様が好きなジャンルの本を五冊ほど持参して訪ねて行ったり、
「ラズベリーを採ってきました! そのまま食べるのとジャムにするの、どちらがお好きですか?」
……と、きっとジャムと答えるからすでにパンを用意して訊ねたり、
「お菓子を焼きました! ハニークッキー、お好きでしたよね!」
……と、完璧に下調べ済みなお姉様の好物をプレゼントしたり。
ちょっとした家庭内ストーカーだけれど、これくらいしないとお姉様には私が本気だと伝わらないだろう。
それは困るから私も本気でいく。
ある時はお母様、お姉様、私の三人で散歩やピクニックに行く提案をし、またある時はお姉様がお父様とお喋りできるように手を回し、毎日好き好き大好きと伝えた。
ちなみにお父様の件に関してはこっそりとだ。
これは私が関わると拗れるかもしれないから、単純にお姉様のストレスや不満を発散してもらうためだった。
それが功を奏したのか、最近メラリァお姉様の笑い顔をよく見る。
まあお父様やお母様に対してであって私にではないのだけれど、目的を考えればそんなことは微々たる問題だ。
なお、私はこういった行動にルールを設けている。
絶対に自分の気持ちに嘘をつかないこと、だ。
嘘の気持ちをぶつけて自分の命を守るのは嫌だ。
順風満帆な人生を得るためには甘いことは言っていられないのかもしれない。けれどまだ小さな子供を騙して得た人生が果たして順風満帆と言えるだろうか。
答えはNO!
だから私はお姉様に嘘の気持ちは絶対に向けない。
そんな日々が続いたある日、お姉様の部屋でもはや日課のようになった「今日もばっちり大好きですよ!」という言葉にこんな返答が返ってきた。
「そこまで……そこまで大好きだと言うなら、そうね、その髪の毛を私にちょうだい? お父様の色を手元に置いておきたいわ、私のこんな髪より素敵な色の髪を」
お姉様の思わぬ発案に私はきょとんとする。
かなりまん丸な目になっていただろう。
でもとんでもないことを言われたんだから致し方ないわ。
「な、何を言うんですか!」
はっと我に返って慌ててそう口にすると、お姉様は待ってましたとばかりにせせら笑った。
「うふふ、ほーら、やっぱり無理じゃないの。あなたの気持ちなんてその程度――」
「お姉様の髪は美しい炎の色ですよ! 傍にいると暖かくさえ感じるのに! 時々太陽の光に煌めいてとても美しくて、出来ることならこの手で梳かしてみたいほどです! 前言撤回してください!」
「そっち!?」
ぎょっとした拍子にお姉様の赤い髪が揺れる。
ほら、綺麗だ。
私がずいずいと前に出ながら更に言葉を重ねて語りに語ると、お姉様は髪色に負けないほど赤くなって「わかったから! ちょっと落ち着きなさい!」と本人の方が落ち着きのない様子で言った。
私はにっこりと笑って手を握る。
「……と、きちんとお伝えした上で答えますね。いいですよ」
あっさりとOKした私に今度はお姉様がきょとんとした。この顔、姉妹揃ってそっくりだったら嬉しいんだけれど。
私は微笑みながら続ける。
「でも今はだめです、お母様たちに見つかったらお姉様が怒られてしまうかも」
「う……それはそう、だけれど、ええと、黙ってれば……」
「お姉様の部屋にあるのが見つかったら犯人がばっちりわかっちゃうじゃないですか。物的証拠すぎますよ」
「うう……」
「たぶん普段の散髪程度の長さじゃ満足できませんよね? 私、これから願掛けとして髪を伸ばしたいとお母様に掛け合ってみます。なんとか十六歳までは伸ばすので、その時は――」
そのまま小さな手を更にぎゅっと握る。
お姉様の手を挟んで、祈りを捧げるように。
「私の髪の毛、もらってくださいますか?」
お姉様の部屋に映えるように毎日毎日綺麗に手入れをしよう。
周囲に簡単にはバレないように編み込んで飾りの一部のようにしてもいいかも。
その時は人に頼めないから、自分で細工できるように今から手先の器用さを磨いておくわ。あとはデザインも決めて材料も集めておかないと。
その計画は、家族三人から命を狙われている事態を回避する計画を練っていた時よりも何倍も楽しいものに感じた。
私は本気だ。
そう感じ取ったお姉様は冷や汗を流しつつそっぽを向く。
「な……なによそれ、九年も待たせる気? あーあー白けたわ! もうそんなのいーらない。ミカリエラ! お茶を持ってきて!」
「お姉様、お茶菓子ならありますよ!」
「あなた用意が良すぎじゃない!?」
ベルを鳴らしてメイドのミカリエラを呼んだお姉様だったけれど、私の言葉を聞いて「お、お茶菓子はもうあるわ!」とミカリエラに付け加えた。
その辺はきちんと信じてくれるところが可愛らしい。
でもあんな提案をしてくるなんて、メラリァお姉様は物言いが大人びてるなぁとホッコリもした。
……彼女がどんな大人になるのか見てみたい。
二十歳と言わず三十路やその先も。
うん、だからこのままみんなに殺されないよう頑張らなきゃいけないわね!
そう改めて決意し、気合を入れ直した私の元に――メラリァお姉様が行方不明になったという一報が届いたのは、それからしばらく経ったある日のことだった。
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