第4話 私はお姉様が大好きです!

 コンコン、とノックして待つこと数秒。


 誰か大人がやってきたと思ったのか、上の方に視線を向けてドアを開けたメラリァお姉様はその視線を下ろすなり嫌そうな顔をした。

 可愛らしい顔の眉間にくっきりと二本線が入っている。

 このしわが固定化される前にどうにかしないといけない。

「あらぁ、ヘルガじゃないの。自分のお家なのに迷子にでもなったの? 相変わらずどんくさいわね」

「いえ、お姉様に会うために真っ直ぐ来ました!」

 どストレートに伝えると嫌味を言っていたお姉様は目を丸くする。


 ――そう、ストレートでいいのだ。


 年のわりにしっかりしているけれどお姉様はまだ子供で、好意を表しても妹を僻み嫉妬する気持ちから歪曲して受け取られるかもしれない。

 ならそんな余地がないほど真正面から気持ちを、私のラブを突きつければいいといった寸法だった。

 ただ、前に考えた「お姉様は私が何をしても憎しみの炎を燃え上がらせてしまうかも」という心配があるため、本格的な愛の表明はタイミングを窺ってからだ。


 具体的には、そう、この花をお姉様がどうするか見てから。


「このお花……メラリアウットの花をお姉様にあげたくて持ってきました」

「わ、私に?」


 なぜ? という顔だ。

 このまま何か企んでいるんでしょうという思考に繋がる前に私は口を開いた。後ろめたいことを考えている人間は相手も同じことを考えていると思いがちだ。

「メイドたちが話しているのを聞いたんです、お姉様がこのお花を部屋に飾りたがっているって。私、いつもお姉様には迷惑かけてしまっているから……何か恩返しがしたくて……」

 迷惑をかけた記憶はないのだけれど、お姉様の中ではそうなっているであろう事柄がいくつかあるだろうと予想してそう口にする。

 少し悲しい予想だし、私が謝ったことでお姉様の中で「やっぱり迷惑をかけられたんだ」って確定してしまうかもしれないけれど……いいの。この後絶対に挽回してやるんだから。


「その、お、お姉様は私がお嫌いかもしれません。けれど……どうか、このお花は受け取ってもらえませんか。花屋さんで一番凛と美しく咲くものを選んできました。お姉様にそっくりの花です」


 目元に力を込めてそう言い、ラッピングされた赤い花を差し出す。

 花に罪はないから捨てるのだけはやめてほしいな、と仄かに思っていると、お姉様は明らかに動揺した表情をしていた。

 しかしその表情を私に見られたと感じ取ったのか、取り繕うように澄ました顔をしようとする。結果は澄まし顔の失敗作と真っ赤になった頬だった。

 そのまま「ま、まあ? 贈り主が誰であろうとその花に相応しいのは私だし? もらってあげてもいいけど?」と髪を掻き上げてからメラリアウットの花を受け取る。

(……あれ? メラリァお姉様、わりと脈あり……?)

 これは良い反応なのでは。

 私はその場では嬉しそうに楚々と喜び、お姉様の部屋を後にした。心の中はスキップからの大宴会ダイヴだ。


 明日伝えてみよう。

 私のお姉様への思いの丈を、回避しようのない熱量で。


     ***


「私、もう我慢できません!」


 朝食が終わり、それぞれの部屋へ戻ろうと廊下を歩いていた時。

 周りに誰もいないのを確認してから、私はメラリァお姉様に駆け寄ってそう言った。

 きょとんとしていたお姉様は可愛らしい顔を歪めて笑う。

「なぁに? 今の扱いに不満足? 贅沢なものね、それだけ色々なものを持っているのにまだ欲しているなんて、この強欲——」

 お姉様がそう侮蔑の言葉を言い切る前に、私は強引に彼女の両手を握った。痛みを感じない程度に、しかし力を込めて握っていると伝わるように。

 そして肺にありったけの空気を込めて言う。


「メラリァお姉様とのことです。私はお姉様が! 大好きです! だから我慢できません、もっと仲良くなりましょう!」

「はあ!?」

「昨日お花を受け取ってもらえて本当に、本当に嬉しかったんです! それと同時に強く思いました、お姉様に嫌われたままなんて嫌だ、って。だから言います、大好きです!」

「あ……あなた、そんな性格だった……!? 昨日からおかし――」

「昨日から隠すのをやめたんです!」

 ずいっと前に出る。

 出た分だけお姉様が下がったけれど気にしない。


「私はこれからお姉様と仲良くなるために全力でゆきます! もう隠しません! お覚悟を!」


 そう言ってにっこりと笑い、私は両手を離す。

 当たり前だけれど、お姉様はちっとも覚悟なんてできていない呆けた顔をしていたのは言うまでもない。

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