第4話 私はお姉様が大好きです!
コンコン、とドアをノックして待つこと数秒。
誰か大人がやってきたと思ったのか、上の方に視線を向けてドアを開けたメラリァお姉様はその視線を下ろすなり嫌そうな顔をした。
可愛らしい顔の眉間にくっきりと二本線が入っている。
……うーん、今後もこの顔をされ続けて、しわが固定化されてしまう前にどうにかしないといけないわ。
もちろん普段の澄ました顔もクールで素敵だけれど、眉間にしわが寄りっぱなしじゃ勿体ないもの。
するとお姉様はこちらを見下しながら両腕を組んだ。
「あら、ヘルガじゃないの。まさか自分のお家なのに迷子にでもなったの? 相変わらずどんくさいわね」
「いえ、お姉様に会うために真っ直ぐ来ました!」
「は!?」
どストレートにそう伝えると、嫌味を言っていたお姉様は目を丸くする。
――そう、ストレートでいいのだ。
年のわりにしっかりしているけれどお姉様はまだ子供で、普通に好意を表しても妹を僻み嫉妬する気持ちから歪曲して受け取られるかもしれない。
ならそんな余地がないほど真正面から気持ちを、私のラブを突きつければいいといった寸法だった。
ただ、前に考えた『お姉様は私が何をしても憎しみの炎を燃え上がらせてしまうかも』という心配があるから、本格的な愛の表明はタイミングを窺ってからだ。
具体的には、そう、この花をお姉様がどうするか見てから。
「このお花……メラリアウットの花をお姉様にあげたくて持ってきました」
「わ、私に?」
なぜ? という顔だ。
お姉様がこのまま「あなた何か企んでいるんでしょ!?」という思考をする前に私は口を開いた。
後ろめたいことを考えている人間は、相手もきっと同じことを考えていると思いがちだから。私はお姉様を害する気はありませんよと言葉と態度で示そう。
「メイドたちが話しているのを聞いたんです、お姉様がこのお花を部屋に飾りたがっているって」
「だからってなんで――」
「私、いつもお姉様には迷惑かけてしまっているから、恩返しがしたくて……」
もちろん迷惑をかけた記憶はないのだけれど、お姉様の中ではそうなっているであろう事柄がいくつかあるはずだと予想して口にする。
少し悲しい予想だし、私が謝ったことでお姉様の中で「やっぱり自分は迷惑をかけられたんだわ!」って確定してしまうかもしれないけれど……いいの。
このあと絶対に挽回してやるんだから!
「その、お、お姉様は私がお嫌いかもしれません」
「!」
「けれど……どうか、このお花は受け取ってもらえませんか。花屋さんで一番凛と美しく咲くものを選んできました。お姉様にそっくりの花です」
目元に力を込めてそう言い、ラッピングされた赤い花を差し出す。
花に罪はないから捨てるのだけはやめてほしいな、と仄かに思っていると、お姉様は明らかに動揺した表情をしていた。
しかしその表情を私に見られたと感じ取ったのか、取り繕うように澄ました顔をしようとする。
結果は澄まし顔の失敗作と、びっくりするほど真っ赤になった頬だった。
そのまま「ま、まあ? 贈り主が誰であろうとその花に相応しいのは私だし? もらってあげてもいいけど?」と髪を掻き上げてからメラリアウットの花を受け取る。
(……あれ? メラリァお姉様、わりと脈あり……?)
これは良い反応なのでは。
私はその場では嬉しそうにしながら楚々と喜び、お姉様の部屋を後にした。
心の中はスキップからの大宴会ダイブだ。全私が拍手喝采よ。
明日伝えてみよう。
私のお姉様への思いの丈を、回避しようのない熱量で。
***
「私、もう我慢できません!」
朝食が終わり、それぞれの部屋へ戻ろうと廊下を歩いていた時。
周りに誰もいないのを確認してから、私はメラリァお姉様に駆け寄ってそう言った。
きょとんとしていたお姉様は可愛らしい顔を歪めて笑う。
「なぁに? 今の扱いに不満足? 贅沢なものね、それだけ色々なものを持っているのにまだ欲しているなんて、この強欲——」
お姉様がそう侮蔑の言葉を言いきる前に、私は強引に彼女の両手を握った。
痛みを感じない程度に、しかし力を込めて握っていると伝わるように。
そして肺にありったけの空気を込めて言う。
「これはメラリァお姉様に関することです。私はお姉様が! 大好きです! だからもう我慢できません、もっと仲良くなりましょう!!」
「はあ!?」
「昨日お花を受け取ってもらえて本当に、本当に嬉しかったんです! 同時に強く思いました、お姉様に嫌われたままなんて嫌だって。だから言います、大好きです!」
「あ……あなた、そんな性格だった……!? 昨日からおかし――」
「昨日から隠すのをやめたんです!」
ずいっと前に出る。
出た分だけお姉様が下がったけれど気にしない。
どれだけ引かれたって、その分だけ距離を詰めてあげるわ。今も、これからも。
「明日から私はお姉様と仲良くなるために全力でゆきます! もう気持ちは隠しません! なのでどうか……お覚悟を!」
そう言ってにっこりと笑い、私は両手を離す。
当たり前だけれど、お姉様はちっとも覚悟なんてできていない呆けた顔をしていたのは言うまでもない。
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