第3話 お姉様は拗らせてる

 さすがにメイドたちに「お姉様に殺されそうなくらい恨まれているんだけれど、原因に心当たりはない?」などとは訊けないので、お姉様と喧嘩をしてしまったのだけれど何が原因かわからないという形にしておいた。


「ほんのちょっとしたことでもいいの、お姉様が私について話してたことはない?」


 そうこわごわ訊ねる妹――を演じながら、私はメイドたちから話を聞き出した。

 カリンナと呼ばれていたメイドが「ここだけの話なんですが……」と耳打ちする。


「メラリァ様、旦那様のことがとってもお好きみたいで」

(それは痛いほどわかってるかな……!)

「旦那様から色んなものを受け継いだヘルガ様のことが羨ましかったようなんです」

「メラリァ様のお気持ちはわかるけれど、ヘルガ様にもどうしようもないことなんですから、あまりお気に病まないでくださいね」

「う、うん……」


 メイドたちに背中を優しく撫でられながら、私は小さく頷いた。

 あまり収穫はなかった。そう思ったその時、カリンナが心配げに言う。


「もう随分と前ですが……メラリァ様がどうしても辛くてヘルガ様にきつく当たってしまったとおっしゃっていたことがありました。だから妹も私を嫌いだろう、と」

「えっ!? 私がお姉様を嫌ってる? お姉様がそう言ったの?」


 もしそうならメラリァお姉様、今かなり拗らせちゃってるんじゃ……?


 たぶん最初からここまで憎かったわけじゃなくて、自分でもわかるくらい辛く当たった妹が自分を嫌っているのは当然のはず、だって自分だったら嫌うだろうからと考えたのかもしれない。

 羨む相手に嫌われていると思ったら余計に憎らしくなってしまって、その間にも嫌がることを重ねて後には引けなくなるほど『妹は自分を嫌っている』と思い込んだ。


 もしそうだとしたら――そんな誤解は早々に解いてしまいたい。

 そう思っているとカリンナが私の手をぎゅっと握った。


「ヘルガ様、きっとメラリァ様もわかってくださいますよ」

「ありがとう、仲直りできるように頑張るわ!」


 メイドたちにお礼を言い、あまり長々と仕事を邪魔してはいけないからとその場から離れる。

 ちょっと不思議な方向に過激なところはあるけれど、メイドたちはやっぱり良い人ばかりだと再確認しながら。

 そんな時、後ろから風にのって微かに声が聞こえた。


「ああ~……美しき姉妹愛、尊いわ……」

「尊いわねー……」


 うん、良い人たちばかりだ。

 ちょっと、不思議な方向に……過激なところはある、けれど。


     ***


 お姉様の誤解を解くにはどうすればいいのか?

 それを考えている間に夜になり、私はベッドの中で思考をこねくり回していた。


 もし予想通りなら私から行動を起こさないと良い方向に転ばない気がする。

 まずは私がお姉様を嫌っていないことを示さなきゃならない。

 それはもう疑いようもないくらいの熱量で。


 でも今のお姉様は私が何をしようが憎しみの炎を燃え上がらせそうな危うさがあった。接し方を間違えたら一気に坂を転がり落ちてしまうかもしれない。


(まずはお姉様の反応を見るためにも初心にかえるようなことを……そうだ!)


 お姉様の好きなものをプレゼントしてみよう、と思いつく。

 憎い相手からの贈り物なんて見たくもないかもしれないけれど、それがとても好きな物だったらどうするか。

 捨てるかしまい込むか突き返すか、もし失敗してもそういう反応を見るだけでもお姉様がどれくらい私を嫌っているかの指針になるはず。


(……けど、贈り物をそんなことに利用するのは本当は嫌だから……今回だけね)


 誰かに喜んでもらうためにするのが贈り物だ。罪悪感はある。

 その代わり贈り物を選ぶ時は本当にお姉様のことを想って、全力で選ぼう。

 そう心に決めて私は早速明日から『お姉様が欲しいもの』をリサーチすべく気合いを入れた。



 昨日質問したばかりだけれどメイドたち、そしてお母様に「お姉様が欲しいものって何かしら?」と訊ねて回り、どうやら今の季節に咲くメラリアウットという花を部屋に飾りたがっていることがわかった。

 お姉様の部屋には入れてもらえないから知らなかったのだけれど、窓際に飾る花はいつもお姉様自身が決めているみたい。


 メラリアウットの花はメラリァお姉様の名前の由来にもなった綺麗な赤色の花だ。


 たしか街の花屋に売っていたはず、とお母様に頼み込んで連れていってもらった。

 一人でこっそり買いに行く案もあったけれど、さすがに身分の高い七歳の子供が一人歩きは危険すぎる。

 なのでこれ以上問題を増やしたくない一心で却下した。


 お母様は花を私に買ってくれようとしたけれど、これは折角の贈り物。

 私は自分のお金で買いたかった――の! 本当は!


 けれどこの身分でお小遣い制なはずがないし、手元にある価値のあるものはいくら私の所有物でも人から貰ったものばかり。

 換金したって結局『私のお金』とはいえない。

 しかもメラリアウットの花はそこそこのお値段だったので、ここはお母様に買ってもらい、後でお母様のお手伝いを沢山することで話がついた。

 おかしな発案だったのかお母様には楽しげに笑われてしまったけれど。


 ――そんな思っていたのとはちょっと違う苦労をして手に入れた赤い花。


 ラッピングして花束にしてもらったそれを手に、私は早速ラスボスに挑むような面持ちでお姉様の部屋の前に立っていた。

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