桜の木の下で

 結婚した二人は幸せに暮らしていた。

 ある日、二人がニュースを見ていると、ある凄惨なニュースが入ってきた。

 両親が幼い子を虐待して死なせてしまったニュースだった。

「私だったら、そんなことしないのに……」

 百合がポツリとつぶやいた。

 子をなすことをあきらめてはいたが、百合は子供が好きだった。

 不意に達樹が言った。

「じゃあ、養子縁組しようか」

 達樹も、子供は嫌いではなかった。


 夫婦は、一人の女の子と養子縁組をした。

 まだ、生まれて間もないその子供の引き渡し場所は、満開の桜の下だった。

 まるで、家族の誕生を祝福するような満開の桜の下で、三人は家族になった。

 二人は、娘に「さくら」と名付けた。


 一家は、絵にかいたような幸せな家族だった。

 百合と達樹はそれぞれ、一瞬一瞬を大切にして、後悔したくない気持ちがあった。

 この幸せには期限があるかもしれないことを、二人は常に感じていた。

 だが、期限は来ないまま、二十年近く経った。

 さくらは、優しい両親に愛されて育ち、大学生になった。

 親元を離れたくないと、地元の大学に進学した。

 満開の桜の下、親子三人で花見をしていた。

 さくらに出会った子の桜の木の下で花見をするのが一家の恒例行事になっていた。

「もう、さくらも二十歳か」

 達樹がポツリと言った。

 そろそろ、言わなければならない、という思いが先走った結果なのか、思わず達樹は口走っていた。

「さくらとここで出会って、もう、二十年になるんだな」

「え?」

 さくらは目を丸くした。

「ここで……出会って?」

 百合は、達樹の思わぬ発言に目を丸くしたが、覚悟を決めてさくらを見た。

「実はね、お母さん、事情があって、子供を作ることができないからだなの、それでね、お母さんもお父さんも、子供が欲しくて、さくらちゃんと養子縁組したの」

「嘘でしょう?ねえ、お父さん、何か言ってよ!」

「本当だ、でも、お父さんもお母さんも、さくらを……」

 さくらを本当の子供のように愛している、というその言葉を聞く前に、さくらは走り去っていってしまった。

 その日から、さくらは親元を離れて暮らすようになった。

 連絡先もいつの間にか変わってしまって、さくらとは音信不通になってしまった。


 三人で幸せに暮らしていた日々は思わぬ形で幕を下ろすことになってしまった。

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