第3話 夏休みの計画

大学2年の夏。

トモエにとっては、最高の夏休みとなるはずだった。


長年の夢である、【人類が下ってきた坂】に行く予定だったからだ。


【人類が下ってきた坂】がなくなっていたニュースを聞いて、即キャンセルしようかと迷ったが、その土地に足を踏み入れたい。


その好奇心は消えていなかった。


1人で行くのは勇気が要るため、店長に相談に来たのだ。


店長こと、アマミは大学での専門が人類が下ってきた坂の研究だったからだ。


特殊な研究というわけでもなく、考古学や宗教学的な、他の学問とさほど変わらない部類の研究分野だ。


そして、研究中は現地に足を運んでいた話もしていた。


トモエが店長の元を訪れるのは、その話を聞きたいからだ。


でも、最近は店長も話をしてくれない。


研究していたその場所がなくなったショックもあるのだろう。


それでも、報道のニュースを流しているのは、気になるからだろう。


坂を含めた崩壊のニュースは、連日連夜放送されている。

海外渡航にも制限が出るのではないか、というSNSのつぶやきも見かけた。


今いる場所も崩壊してしまったら、迷っている暇もないような気もしていた。


関西はまだ崩壊していないようだが、SNSで海外の情報を得る限り、本当に崩壊していないなんて分からないとさえ思う。


幼馴染のマサキは、トモエの夏休みの計画を知っている。


止めたいのか、応援してくれているのか、全く分からない。

だが、マサキは何も言わない。

何も聞いてこない。


トモエの言葉にいつも通り返すだけ。

ただそれだけなのだ。


トモエの大学の語学専門の大学教授は、「一度は自分の足で行ってみるといい。それこそ、語学を学んだ醍醐味だ!」と言っていた。


坂だけが目的というわけでもない。


そんな気持ちと、坂を目的にしていた気持ちが揺れ動く。


キャンセルしようと、決行しようと、

ほとんど渡航費は戻ってこない。


何しろ渡航は、明後日なのだ。


家には、いつでも準備万端のスーツケースが置いてある。


両親はトモエの気持ちを知ってか、何も言ってはこなかった。


もしかしたら、すでに諦めていると思っているのかもしれない。


楽しみにしていた坂は、もうない。


行きたい気持ちと、本当に坂がないことを見て絶望するのではないかという気持ちが入り混じっていた。


今年の夏の暑さも嫌だったが、今の中途半端な気持ちもトモエにとっては、うんざりするほど嫌なものだった。

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