第5話 崩壊後の世界で

もう終わりだ。

崩壊と遭遇し、死を覚悟した。


だが、目覚めたアーサは自分が死んでいなかったことに気がついた。

隣にいた妻も気を失ってはいるものの、怪我ひとつなく生きている。


ただ外の様子が気になった。


外の様子が気になり、妻を置いて外に出た。


外は暗かった。


暗いというより、黒。

闇、という表現の方がしっくりきた。


ただ自分の場所や、自分の家ははっきりと見ることができた。


近くにある地面は、黒く歩けるかどうかも分からない。


ただ所々自分の家のように家や土地が見える場所があった。


(なんなんだ、ここは?)


アーサは分からなかった。



ただ1つ、見覚えのある場所が見えた。



坂だ。


人類が最初に降ってきたという、坂。


とその資料館だ。



しかも、その資料館には、

幾人かと人が集まっていた。


(人がいる。行くか?)



アーサは迷った。

妻のことをすっかり忘れていた。


アーサは、おそるおそる目の前の黒い場所に足を進めた。


地面とは違う。

石畳やコンクリとも違う。


まるでプラスチックの上のような感触だった。


両足乗せてみたが、何も異変はない。


崩壊にあって、死んだと思っていた。

そんな自分がまだ死ぬことを怖がっていたことに、笑いが込み上げてきた。


(行くか?)


自分に問いかけて、『行く』と決めた。


資料館のある場所まで、見えているが距離はありそうだ。


『自分の家から資料館があったくらいの距離くらいだろうか?』なんて考えながら歩くと、本当にそれくらいの感覚で資料館まで辿りついた。


「アーサじゃないか!」


崩壊で行方不明になっていた友人だ。



「無事だったのか」


「さぁな。ただ館長のパンは美味いよ」



そう言って、パンを買ってくれた。



もらうではなく、それは買う、だった。



やりとりは、お金ではなく、モノ。


何を渡したかまでは見えなかったが、たしかに何かを渡していた。


出来立ての白パンのいい匂いがした。


「ほらよ」


もらったパンは白パンらしくない大きさで、まるでピザ1枚分くらいの直径があった。


温かいそれを受け取り、かぶりついた。


(美味しい)


無我夢中で食らいついた。


空腹だったのかどうかも分からなかったのに、大きさも通常のパンの何倍もあったパンをあっさりと平らげてしまった。


食べてから、妻の分を残しておけばよかったと罪悪感が生まれ、買い方を聞いた。


営業をしているのは、この資料館だけ。

売っているのは、このパンを売っているのは毎日だが、他は不定期。

生活に必要なものは、資料館でなら買える。


水は買えない。


湧き水があるので場所を教えてくれると言う。


パンの買い方は家にあるものなら、何でもいい。

1つのモノに対して、1つのパンを交換してくれる。


パン以外のモノの買い方は知らない。


食べ物と水だけしかまだ調達したことがない、とのことだった。


それと崩壊後、行方不明になっていたアーサの従兄もここにいる、とのことだった。


「ここはどこなんだ?」


「さあ?」


「「さぁ?」って!!」


そこにいる人は、生きていることに喜びを感じ、毎日そこにいる人達でその喜びを語り合い、毎日パンを買って帰る。


それだけの生活なのだ。



政治も仕事も、娯楽も、SNSも存在などしない。


何が起きているのか、

誰がいて、誰がいないのか。


そんなこと誰も気にしてなんかいない。


ここがそういう場所なのか。

何かがそうさせているのかは、一切分からない。


ただただ生きていることの喜びや幸せを分かち合っている。



平和で、心が休まる。



妻にパンを買いたいことを伝えていたから、友人が代わりに妻の分も買ってくれた。



そのパンはまた大きくてふかふかで、妻が好きそうな良い香りがしていた。

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