第12話 実力差

 和樹は遂に1体の討伐に成功した。


 その事実が覚悟を決めたはずの和樹に重く圧し掛かる。喜ばしくはあるのだが素直に諸手を挙げてという訳にはいかない。


 「和樹さんっ」


 フレミーの空気を切り裂くような鋭い叫びに我に返り振り返る。そこには更に大小2体のハングリードッグが迫っていた。和樹が討伐した1体の断末魔に誘き寄せられ、フレミーとヘイムの包囲網を抜け出してきたのだ。


 それに気づき和樹は残り3本の刃を2体に向けて飛ばす。


 1本は右側にいた大型の個体の足を傷つけ、左側に居たやたら愛嬌のある顔つきの小さい方の個体には躱されてしまった。和樹としては致命傷を与えるつもりで放ったのだが、小型の個体のすばしっこさと怖いとは到底思えない顔つき、そして体力の消耗が原因で狙いがぶれてしまったのだ。体力自体はまだあるため前者の2つの影響が大きい。


 戦場での動揺、気の緩みは命取りだ。


 右側ではケガの影響で地面で転げている。が、小型の個体は横方向から俊敏さを活かした突撃をしてくる。


 和樹の体はついていかず牙が足を掠める。


 「うぐっ」


 痛みに思わず声が漏れる。が、耐えられない程ではない。


 衝撃も小さく大型の個体よりもパワーがないようだ。


 和樹のケガに反応しフレミーとヘイムが駆け寄ろうとする。が、和樹はそれを押し留める。


 「これくらいのケガなんて何ともない。もう少し自分で対処してみたい。」

 「なら良いんですが…。あまり無茶はしないで下さいね。」

 「魔物に与えられた傷は意外と深いこともありまし。そう思ったら教えて下さいまし。」

 「分かった。」


 今襲ってきた個体がいる方向を向くと丁度着地した所だった。


 その隣では大型の個体がケガから立ち上がりこちらを見ている。


 これで左右からの挟み撃ちはなくなった。


 素人の和樹には複数の方向を同時に警戒するのは至難の業だ。和樹的にはここで1体は仕留めて置きたい所なのだが…


 「2体相手だと火力不足だな。………持ってくれよ、俺の体力。」


 そう言い、5本の刃を追加で生成し火力を補う。


 だがこれで体力がごっそりと持っていかれ、またもや激しい脱力感に苛まれ、倒れこみたくなるが気力だけで何とか持ちこたえる。


 「おらぁっ。」


 周囲に浮かぶ刃を同時に射出。量が多いと操作の難易度が跳ねあがり3本は見当違いな方向へと飛んでいく。


 そして3本は足の止まっている大型の個体に見事命中。胸,肩を大きく損傷させることに成功した。


 だが、それに対し小型の方はジグザグに走り飛んできた2本の刃を回避していく。


 「厄介な…」


 想像以上の厄介さを見せる俊敏さに和樹はぼやく。


 和樹は大きい方が強いものというイメージだったが、現実はそうでもないらしい。


 大型の方がパワーがあるが、大きい分だけ動きが遅く、的になりやすい。和樹はまた1つ学習した。


 息も絶え絶えとなってる大型。こっちはもう大丈夫だろうと和樹は小型に注意を向ける。


 和樹はまた飛び掛かって攻撃を向けられるが今度こそ回避が間に合わない。手元に残りもなく防御が出来ない。


 ならばと最後の体力をかき集め、新たな刃を撃ち放った。


 和樹は遂に体力に限界を迎え地面に手を付いてしまう。これ以上は立ち上がる力も残ってない。もしこれが外れたら一巻の終わりだ。


 そうなったらフレミーとヘイムのサポートがあるのだろうが、追い込まれた和樹には目の前の小型しか頭にない。


 「当たってくれ。」


 祈るように飛んでいく刃の軌跡を見つめる。


 そして到達。見事、宙にいる小型の眉間,胴体を射抜く。小型はそのまま宙をもがいて和樹を通り過ぎ、嫌な音を立てて地面に落ちる。


  和樹は地面に手を付きながらも目だけは向ける。


「死んだか。」


 どうやら再び動き出す様子はないようだった。大型も生きてはいるが荒い息を立て地面に這いつくばっている。


 その様子に和樹は安堵と達成感を感じ地面に倒れこむ。和樹の視線の先には満足げに頷くフレミーとヘイムの姿があった。


 「もう体力がない。フレミー、ヘイム頼んだ。」


 限界を感じ2人に任せることにした。


 「頼まれました。」

 「かしこまりまし。」


 和樹の言葉を聞いた瞬間、防戦一方だったフレミーとヘイムが攻勢に出る。


 フレミーが両手をかざすと高圧の水が噴き出し、高い密度の風が荒れ狂う。水は和樹に迫る1体を吹き飛ばし、フレミーの周囲に居た2体が旋風に乗せられたかまいたちにぱっくりと両断される。


 一方でヘイムは光弾を周囲に作り出す。それは逃亡のため木を倒した時よりも一回り小さいが威力は十分だった。


 ヘイムにまとわりつく4体は腕や足などの一部をはじけさせ吹き飛び絶命する。


 フレミーもヘイムもまだまだ余力を残しているのか、涼しい顔をしている。


 「す、すげぇ。」


 和樹の苦労は茶番だったのではないかという程にあっけなく終わらせてしまった2人に和樹はそれしか言うことが出来ない。


 「どうですか?これが私の力の一部です。」

 「火力はスキルで変わるので何も言えませんが、どのスキルでもこれくらいは1人で殲滅出来て当然と思って下さいまし。」


 想像以上の力に驚きを隠せないでいる和樹にフレミーとヘイムの2人は近づいてくる。


 「これが最低ラインってことか…」


 サラッと今の和樹では到底及ばない要求をされた。和樹は先の長さが思いやられそうだと苦笑する。


 「ハングリードッグは雑魚なので。余裕が欲しいのでございまし。」

 「それでも途中からは頑張ってたじゃないですか。初戦闘にしては上々だとは思いますよ?」

 「ケガをしてたら様は無いと思いましが。」


 ヘイムは和樹に追い打ちをかけながらも和樹のケガの様子を診ている。


 「はい、ケガも大丈夫そうですね。」

 「そうか。それは良かった。」

 「なら私は回収にでも行きますかね~」


 そう言いフレミーは落ちているハングリードッグの回収に向かう。


 「けど、いちいち回収するのって大変だよな。」

 「お金を払えばやってくれる業者もございまし。」

 「何でそれをやらなかったんだ?」


 大きな家を持つ程に裕福なヘイムがそれを使わないのはおかしい。それを使わない手はないだろう。何か裏があったりするのか、と和樹は不思議に思い尋ねる。


 「お金が無いのでございまし。あんな家には住んでますがどうもお金使いが荒くて…」


 そういうことらしかった。


 朝は弱かったりと意外とダメな部分もあったが、お金使いが荒いともきた。


 「ヘイムってもしかして意外とポンコツなんじゃ…」


 朝に抱き、今になって確信めいたものへと昇華した疑念を口にする。


 「お黙り下さいまし。」


 コンプレックスなのか、ヘイムは強く言う。もうそんなことは言わせないという強い意志を感じる。だが、否定をしない所を見るとポンコツなのは事実なのだろう。


 そこへ茶色の大きな箱に手を添えて戻ってきたフレミーが合流するのだが、その光景に和樹とヘイムはギョッとする。


 なんとフレミーが手を添えている箱なのだが、4本の足が生えのしのしと歩いていた。


 「な、なぁ、フレミー?その奇怪なものは何なんだ?」

 「そんな気持ち悪いの見たことも聞いたこともないのだございまし。」


 ヘイムの頬は引きつっている。本気で気持ち悪そうだ。


 「あぁ、これですか?私のスキルで作ったんですこの中にハングリードッグが入ってるんですよ。」


 「ほら。」と言い上部を開き、和樹達に中を見せてくる。


 それを見せられても何も言えず、フレミーの笑顔とは裏腹に何とも得ない微妙な空気になった。


 そこから近くに落ちていた死体も回収し、動けない和樹をヘイムがおぶって湿地帯を抜けた。


 逃亡した時にも休んでいた場所に辿り着き休む。


 だが、和樹が十分に歩けるようになる頃には既に暗くなっていたのだった。

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