第2話 少女との出会い

 和樹は意識が覚醒し始めると周囲ではパチパチという木が焼け油が跳ねる音がし、空腹で空っぽな胃袋を刺激し食欲をそそる香ばしい匂いが漂っていることに気づいた。そこで初めて帰宅してから何も口にしてなかったことに気づく。一度意識した空腹は忘れられないどこか強くなっていく一方で抑えられなくなってしまう。


 そのままもっと寝ていたかったが食欲にはどうしても抗えず腹筋の要領で一気に体を起こす。


 そうした途端、周囲に漂っていた音,匂いが消えてしまうどころかまるで時間が止まってしまったかのようにそこにあった動きが停止する。その場において自由が利くのは和樹ただ一人だけ。


 「これは…何が起こってるんだ?」


 あまりにもの現実離れした光景と見たこともない風景に寝ぼけ頭の和樹は混乱するのみで何もできずにいる。そこへそれがさも当然とでもいうように四角いパネルのようなものが何もなかったはずの宙に現れ浮かび始めた。


 和樹はそこまで来てようやく思い出す。


 「………………そう、だったな。俺は親に捨てられて死んで異世界に転生させられたんだったな…」


 もう戻れないかもしれない日常に思いを馳せ呟く。


 両親は友達は今頃何をしているだろうか。和樹の死を知り悲しんでいるだろうか。あるいはまだ気づかず何事もないかのようにいつもと変わらない生活を送っているだろうか。まさか知っても何も感じずそれまでの暮らしを続けるということはないだろう。そうならないだけの関係は築けてただろうから。


 そんなことを考え現状を把握しようとする。まずは元の世界に戻れるのか?それは無いだろう。元の世界で和樹は死んでしまっているのだ。戻れるとは思わないし生活基盤が崩壊したところに戻りたいとも思わない。


 次にさっきから『ルーレット』の時間が止まる副作用で固まっている少女を見やる。少女はなんとも良い笑顔で肉を二つ焚火で焼いている。一体何者なのか…


 そこまで考えが回り始めたところに宙に浮かぶ物体からドゥルルルルルルルルルルという音がしばらく続いたところで文字の切り替わりが止まる。


 そしてそこに表示されていたのは『炎弾Ⅰ』。これが今から次に眠るまで和樹が使えるスキルとなる。


 どんなものかは名前からも分かることなのだが以下の詳細が和樹の頭の中に浮かぶ。


 ・炎の弾を手のひらから放出できる。

 ・使い込んでいくことで練度が上昇する。


 予想通りでひねりもなにもないものだった。


 「多分だけどⅠが練度のことだよな。だとすると…」


 練度が上昇、それが示すのはローマ数字が大きくなる程使い込まれ強力になるということ。つまりは今回和樹が引き当てたものは炎弾のなかでは一番弱い部類に入るということになる。


 「つくづくついてないな…。そこで固まっているやつとも戦闘にならないと良いんだが。」


 そう言いずっと気になっている少女を見ながら起きてすぐにはできなかった少女の観察をする。


 今にも手の中の肉を持ち上げ美味しく上手に焼けました~とでも言いだしそうな勢いのある笑顔をしている少女で、見たとこ年の頃は16程度。茶色がかった若干癖のある髪を肩のところで切りそろえた活発そうな容貌をしている美少女でゆったりとした黒のローブを着ている。そしてさほど威力もなさそうな山の上には申し訳程度に宝石が設えられたネックレスがのせられている。


 そこまで観察できたところで


 「美味しく上手に焼けました~」


時間停止の束縛から逃れられた少女が肉を掲げそう叫んだ。


 「まじで言ったよ!?」

 「ほへ?」


 それまで寝ていた俺の突っ込みにすっとんきょうな声をあげ、驚きを隠せないでいる少女。


 「おー、目覚めたんですね~。やっぱりお肉の匂いに誘われちゃいました?美味しいですよね~。丁度焼けたところなのでど~ぞ~」


 と少女は和樹のことを心配しながらも今まで焼いていた肉の一つを和樹に勧める。寝起きの相手に肉って…。話し方もやけに馴れ馴れしいな。これがいわゆるさばさば系というやつだろうか?


 そんなことを考えつつ申し出を断ろうかとも思ったのだが


 「…………………ん。ありがと。」


 空腹には敵わず一つ譲り受けることにした。


 まぁ、怪しそうな感じはしないし大丈夫だろう。もし悪意を持っているなら寝ている俺の隣で肉を焼かずに俺のことを煮るなり焼くなりしていただろうし起きた時点で襲ってきてもおかしくはない。


 そういう判断の下での行動だ。


 それにしても貰った肉は絶品だった。溢れ出る肉汁が文字通り何も入っていない胃全体に染み渡り幸福感のある満腹感を与えてくれる。


 そう思い素直に伝え、ありがとうとお礼を言うと


 「ですよねですよね~。お肉って美味しいですよね~。最高の食べ物です!これを食べる時が一番幸せなんですよね~。そう思いません?」


 お礼を言ったつもりなのに肉の話に食いついてきた。


 「それが一番かはその人によるんだろうけど…。分けて貰えたのは助かったよ。けど、一つ貰ってしまって悪かったな。今返せるものは何もないんだけど…」

 「あーその事ならお気になさらず~。その原因は私ですし…。本当にごめんなさいね?」

 「原因?別に謝られることなんて…」


  心当たりはない和樹なのだが


 「あれ?もしかして記憶ないです?マジックアイテム《空飛ぶほうき》で移動してたらあなたの真上に落っこちちゃったんだけど。」

 「あっ」


 そう言われて思い出す。


 和樹は転生した直後頭に大きな衝撃受け意識を失ってしまったのだった。


 「それにしてもあの女神…」


 何でこんな辺境の地、しかも砂漠のど真ん中に転生させたんだ。もう少しまともな場所はなかったのか?そのせいで気絶してしまったではないかなどと毒づく。そこへ


 「女神?それがどうかしました?そういえば見慣れない服装してますよね?でもでも、私があなたの上に落ちちゃったのってあなたが急に現れたのが悪いんですよ?見たことなくてびっくりしちゃって。あれって何なんです?」


 和樹が着ている学生服を指し良い訳をしたり好奇心を持ってと大忙しな少女がどんどん話題を広げていく。


 服装を指摘するとは、突いてくるところがやけに鋭い。そして面倒なものを見られてしまったな…でも良い機会なのかもしれない。転生がこの世界でどんなものかは分からないが話してしまっても良いか。何せこの世界の知識に関して何一つ情報がない。気前よく肉を分けてくれたし悪い人ではないだろう。ここで話してしまってこの世界のことを色々教えて貰うのもありだろう。そう考え口を開く和樹。


「話自体は直ぐに終わるんだけど…」


そう切り出しこれまでの経緯を少女に説明するのだった。

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