第5章 僕は、チカラになりたい。21

「……僕が、伊達さんの……息子?」


 僕はようやく、その言葉を絞り出した。

 伊達さんはゆっくりうなずくと、続けた。


「色々と思うところはあると思う……だが、少しだけ話をさせてくれ。まだ君のお母さんが、女優の仕事をしていた頃の話だ」


 お母さんが、女優の仕事? そのことも初耳だった。


「君のお母さんと俺は、番組の仕事で知り合った。最初から意気投合し、何度かデートを重ね、密かにつきあった。だが、些細なことで喧嘩をし別れてしまった……」


 伊達さんは、ここで少しだけ間を置いた。


「それから一年ほど経った後、君のお母さんから突然、手紙が届いた。中には、赤ちゃんの写真が一枚と便箋に一言『あなたの子供です、認知してください』と書いてあった。その時、俺は焦った。まだ駆け出しの局アナで、隠し子のようなスキャンダルは命取りになると考えたからだ。結局、その身のかわいさに、俺はその手紙を無視した。君のことも、認知しなかった……」


 伊達さんは、辛そうにうつくむくと続けた。


「その後も何通か君のお母さんから手紙は来た。だが、やはり無視を続けた。そして手紙はその後、ぴたっと途絶えた。その時の俺は、あろうことか少しほっとして、よかったとすら思った……。本当に本当に、だったと思う」


「……そんな」


「でも、因果応報ってやつなのかな。アナウンサーとしてそこそこ売れて、フリーになってこれからって時、ガンが見つかった。見つかった時点で、ステージ4だった。不思議なもので、死を目前にして真っ先に頭に浮かんだのは、君のお母さん、そして君のことだった……。彼女はあの後、どう生きたんだろう? あの赤ん坊は、無事に育ったんだろうか? 今は、15歳くらいだろうから、もう中学生か? なんてことを病院のベッドの上で悶々と考え始めた。考えているうちに、君たちの消息が気になって仕方なくなった。今際いまわの際に、罪悪感に苛まれたのかもしれない。今さらとは思いつつ、俺は興信所に頼んで君らの行方を探した。そして、その結果を聞いて愕然とした……」


 次々に明らかになる新事実に、頭が追いつかない。


「彼女はすでに8年前に他界。さらに君は、親戚をたらい回しにされ、学校で虐めにも遭っているようだと聞かされた……。いやしいとは思いつつ君の髪の毛を失敬し、DNA判定もさせてもらった。紛れもなく君が我が子だという結果も出た……。自分の罪深さに震えたよ。だから、遅きに失したが君を認知し、わずかばかりだが遺産を残そうと書類の作成を急いだ。だが、その矢先……俺の命の方が先に尽きてしまった。死んでも死にきれないと思った。君のことが気がかりで仕方なかった……」


「……だから……僕に」


 なんとか言葉を絞り出した。


「そう、取り憑いたんだ。霊の姿になってから、すぐに君を探した。が、まさか自分が死んだ同じ病院に担ぎ込まれてくるなんて……ひどく驚いたが、これは定めかもなと思った。でもね、君に最初からすべてを打ち明けることは怖くてできなかった。それで苦肉の策として、実況したりない未練を抱えたアナウンサーっていう設定を無理やりひねり出した……。そして、実況することで密かに君の背中を押し、全力で応援しようと浅はかにも考えたんだ。君には、迷惑でしかなかったと思うが。これが真相だ」


 伊達さんは、ここで深呼吸すると、告げた。


「生前に私が犯した取り返しのつかない罪の数々。そして、君に取り憑いて今日まで、そのことを黙っていたこと……すべて、本当に……本当にすまなかった」


 伊達さんは、深々と頭を下げ続けた。


 この告白と懺悔に、僕はひどく混乱した。

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