第5章 僕は、チカラになりたい。20

『――どうやらそろそ、お別れみたいだ』


 最初、伊達さんがなにを言ったのか理解できなかった。


 気づくと、僕は少しだけ震えていた。


「……嘘、だよね?」


 僕は、なんとか言葉を絞り出した。


 伊達さんは、申し訳なさそうに首を左右に振る。


 そして、静かに語り始めた。


「ありがとう、剛。俺のために、そんな目をしてくれて……。でも、どうやら時が来たようなんだ。わかるんだよ。死んだ人間がこの世に留まるには、ある条件が必要みたいなんだ。その条件とは……死んだ人間の一際強い心残りや未練だ。俺の心残りや未練は……そのほとんどが今日、解消されてしまったらしい」


「いやっ、でも、伊達さん言ってたじゃないか! 心残りは、まだまだ実況したりないことだって! 完璧な実況ができなかったことだって!! 今日の実況がが完璧だったってこと? そんなことないよね? ないでしょ! 納得なんかしてないでしょ? ねぇー、伊達さん!」


 僕は食い下がるように言った。


 それでも、伊達さんは表情を変えずに返した。


「手厳しいなぁ、剛は。じつはな……俺のは、実況したりなかったとか完璧な実況ができなかったとか……そういうことじゃ、なかったんだ」


「どういうこと? わからないよ! 何を言ってるの? 伊達さん!」


「これを最期に言うべかどうかは正直、迷った。今も迷ってる。だが……やっぱり言おう。剛が俺のことをキッパリ忘れてくれるためにも」


「なんの話? 僕がキッパリ忘れるため? わからないよ!」


「俺の本当の心残り、そのことについてさ」


「本当の……心残り?」


「あぁ、俺が死ぬに死にきれなかった本当の心残り。それは……」


 伊達さんはここで、僕の目を静かに見つめた。


「それは……離れて暮らす、ひとり息子の行く末だった」


「……ひとり息子の、行く末?」


 突然の話に、馬鹿みたくオウム返しするしかなかった。


 伊達さんは、少し目を伏せながら静かに続けた。



「そして、その息子とは……剛、君のことだ」



 僕はしばらく言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る