第5章 僕は、チカラになりたい。19

 は、あまりに唐突で最初は実感が持てるようなものじゃなかった。

 

 本当に今日は、心身ともにキャパオーバーなことが起こり過ぎだ。


 倉庫街までの限界を超えた疾走。

 赤坂たちからの暴行。

 長時間の取り調べ。

 そして、帰り道。新垣さんに手を握られたこと。


 その上でさらに、この不安だ。僕以外には誰も不安だ。


 予兆は、新垣さんとの帰り道ですでにあった。

 最初は、気のせいだと思った。あるいは、悪ふざけだと。


 でも、その不安はこのたった30分ほどで実体を持ち始め、加速度的にほぼ確信に変わりつつあった……。


 僕はそれを打ち消すように、ほとんど走るような勢いで家路を急いだ。


 ――唐突過ぎて、信じがたくて、否定したくて……。


 僕は、どんどん冷静さを失った。

 だから、自宅の玄関に飛び込むと、真っ先に叫んだ。


「――伊達さん! どういうつもりだよ‼」


 返事はない。だから、僕はさらに叫ぶ。


「さっきから、声が途切れたり、だんだん小さくなってるのはなんで? 僕をからかってるの?」


 それでも返事はない。「まんま騙されたのであります!」とか、いつもみたいに軽口を言ってほしいのに。なんで?


「いつもいつも、うるさいくらいの声量で異常にはっきりした滑舌で実況してたよね? 実況は声量と滑舌が命だって、言ってたもんね! なのに、さっきからどうしたの? 嫌がらせですか? 僕が言う通りにしなかったからですか? ねえ、伊達さん! 聞こえてるよね? 答えてよ!」


 それでも、沈黙は続いた。


 だから、ついに認めたくなかった不安のを聞いてしまった。


「伊達さん、まさか……消えたりしないよね?」


 あれだけ、五月蝿うるさかった。

 あれだけ、鬱陶うっとうしかった。

 あれだけ、頭から追い出したかった。

 伊達さんの声。


 でも、今はその声が、伊達さんの声が……。

 唐突に消えてしまうのではないかと、怖くて仕方なかった。


「ねえ、伊達さん! なんで答えてくれないの? 伊達さん! 伊達さんっ‼」


 ――!


 次の瞬間、眼前の宙空が鈍く光った。

 そして無数の光の粒が現れると、それらが離散集合する。

 あたかも、無数の小さな蛍のように。

 やがて光の粒子たちは、ひとつのを浮び上がらせた。


 ――姿を現したのは……伊達さんだった。


 それは、僕が初めて伊達さんだった。

 その姿はまるで、SF映画のホログラムのように青白く輝き、半透明に浮かんでいた。


 きっちりと分けた七三ヘア。ダークスーツに、ヘッドセットマイク。

 以前にテレビで見たのと同じ、いかにも実況アナという佇まいだった。


 その半透明の伊達さんは、悲しそうな笑みを作ると、静かに告げた。



『――どうやら、そろそろお別れみたいだ』

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