第5章 僕は、チカラになりたい。18

「でも……ぜんぶ、今さらだよね」


 その瞬間、微かな街灯が新垣さんの苦笑いを映した。

 その笑顔があまりに悲しそうだったから、僕は咄嗟に打ち消すように叫んだ。


「――今さらじゃないよ! 今さらじゃ」


 叫んでしまって、ハッとした。

 

 これじゃ……まるで告白してるようなもんじゃないか……。

 

 そんな焦燥を隠すため、僕は少し歩くスピードを速めた。

 

 ――!


 と、突如、左手に柔らかなものが触れた。

 それが彼女の手だということは、すぐわかった。


『おっと――新垣さんが――手をつかんだ――!』


 実況されるまでもなく、彼女の手が僕の手に触れ、さらにぎゅっと握ったのがわかった……。


 心臓が止まるかと思うほど驚いて、僕は歩みを止めた。


「――乙幡くん……ありがとう」


 背後でつぶやく彼女の声が、両耳にじんわりと広がった。


 でも、どう答えていいかわからなかった。

 だから、振り返ることができなかった。


 それはきっと、長くても10秒くらいのことだったと思う。

 やがて、左手のその柔らかな感触は、ゆっくりと離れていった。

 

 いつのまにか、彼女が僕の前に歩み出ていて、振り返り言った。


「……もう着いちゃったね、駅」


               ◇

 

 踏切の警報音が聞こえた。

 まもなく、向かいのホームに電車がやってくる。

 

 そのホームのちょうど僕の正面辺りに、新垣さんが立っている。

 

 電車が入る直前、彼女は右手を小さく振って叫んだ。


「また明日、学校でね!」


 まもなく入ってきた電車が、カーテンのように僕と彼女を隔てた。


 最後に車窓から見た彼女の表情が笑顔だったから、よかったと思った。

 本当に、よかったと思った。

 

 ――ただ、僕はを密かに感じ始めていた……。

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