第5章 僕は、チカラになりたい。13

「逃げろ――――――――――――――――――――――――!」


 

 腹から叫んだのと同時、左右から鋭いパンチが降ってきた。

 左右の男から両脇腹に食らい、一瞬、息ができなくなる。

 それでも、僕は左右の男たちをつかんだ手を離さない。


 ――絶対に、離さない!


 虐められ続けてきたおかげで痛みには慣れている分、打たれ強さだけはある。

 その間、真ん中の男にも、再度の頭突きを試みる。

 

 もう一度、振り返ってみた。

 新垣さんは、すでに駆け出していた。

 

 ……よかった。


 そう思った矢先、男たちの波状攻撃が全身を襲い始めた。

 どうやら、僕のガードを外そうと奴らは無茶苦茶に手足を振り回し、攻撃を仕掛けているようだ。それでも、僕は絶対にその手を離さない。だから、打撃はさらに激しさを増した。


 脇腹に重い連打。


 肋骨が軋む。


 苦いものが込み上げる。


 思わず顔を上げる。


 すかさず、頬に一発。二発。


 頬の内が裂ける。


 血の味が口に広がる。


 目頭にも一発。 


 視界が赤くぼやる。


 頭を揺さぶる一発。二発。


 意識が一瞬、飛ぶ。


 首を左右に振り、意識を保つ。


 再び、脇腹に一発。二発。三発。


 思わず、うめく。


 でも、ひたすら、こらえる。


『まったく、多勢に無勢! 極悪非道! 傍若無人! もしレフェリーがいたならば、確実に試合を止めているような状況であります! 到底、許せないぞ! この悪童ども‼ しかし、それでも! それでもなお‼ 乙幡は男たちをバインドした手を離さない! チャラついた不良どもから、手を離しません‼ これぞ、絶対にあきらめない斬日イズムだ! 負けるな! あっ、マズい――』


 ――次の瞬間、背中に激痛が走った。

 

 思わず、身をよじる。

 見下ろす赤坂の、あの冷たい笑みが見えた。

 どうやら、赤坂は僕の背中を思い切り踏みつけたようだった。


「おいおい、ヒーロー気取りか? デブはたの分際でよー!」


 次の瞬間、脇腹に強烈な赤坂の蹴りが入り、強制的に仰向けにさせられた。

 僕はついに3人のバインドを解いてしまった。


 が、よろめいた先に見えた、赤坂の両足をめがけ急いで這いつくばった。

 そして、ガッチリつかむ。


「離せ! デブはた――!」


 赤坂が両足を無茶苦茶に動かそうとするが、僕は決して離さない。


「離さない!」僕は叫ぶ。


 すると赤坂がバランスを崩し、尻もちをついた。

 正面に見える赤坂の表情に、微かだが動揺が走ったように見えた。

 

「おまえ……本当に、あのデブはたか?」


「俺は……デブはたじゃない! 乙幡だぁあ――――――――!」


 僕は渾身の力を込めて、赤坂の下腹部に頭突きを食らわした。

 赤坂が苦悶の表情を浮かべ、低くうめいた。 

 が、刹那。

 左右から男たちのサッカーボールキックが入り、両脇腹に激痛が走った。

 めちゃくちゃ痛い。でも、死んでも離さない! 離すもんか!!


 ――頼む、このすきに逃げてくれ! 新垣さん、逃げてくれ!!


 激痛の中、祈るように願った。


 その後も容赦のない蹴りが決まる。

 ひょっとすると、骨も何本かいってるかもしれない。


 でも、この手はぜったいに離さない!

 彼女さえ逃げられたら、僕はもうどうなったって―−


「―−つ〜かまえた!」


 上ずった、男の声が聞こえた。

 その声の方を向くと、20メートルほど先で新垣さんが男のひとりに腕をつかまれ、彼女はその場で必死に抵抗していた。


 だが、男に後手を取られ、組み伏せられてしまった。そして、勝ち誇ったように男はこちらに彼女を連れて歩いてくる。

 

 そん、な……。


 次の瞬間、赤坂をバインドしていた手も緩み外れてしまった。

 同時に、強烈な赤坂の蹴りを顔面に喰らった。

 また一瞬、意識が飛ぶ。


「やだ! やめて!」


 新垣さんのその叫びに、意識を取り戻す。

 周りには、男たちの気配はもうしなかった。

 どうやら、赤坂と他の男ふたりも新垣さんの方に向かったようだ。


 僕もなんとか立ち上がり、そちらに向かおうとする。

 だが、どうしても体が言うことを聞かない!

 仕方なく、這って、そちらに向かう。

 視界も赤くぼやけ、判然としない。

 それでも、僕は必死ではっていく。

  

 ――ちきしょう! 

 

 ここまでか! ここまでなのか!! 動け、僕の体!!!

 意識とは裏腹に、即座に立ち上がることができなかった。

 だから、必死で叫んだ!

  

「やめろ――――――! 赤坂――――――!!」


 でも、その叫びも青い空に吸い込まれていくだけだった。


 ちきしょう! 僕はやはり運命に抗えないのか?


 大切な人さえ、この手で守れ―― 


 ――ファァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!


 その時、突如、空き地にけたたましいクラクションが鳴り響いた!

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