第4章 僕は、強くなりたい。8

 若虎ヤングタイガー計画12日目。

 

『さあ、今日ここまでの練習をダイジェストで振り返ってみましょう。もはや恒例となった朝のロードワーク。道場までの15キロの道のり。乙幡剛、意地で最速タイムとなるを貫きました。さらに、ヒンズースクワットは1セット増やして120回。また、プッシュアップと腹筋に関しましても、セット数を6に減らしたものの1セット当たりの回数を5から10に倍増させることで、総回数としてはプラス10回ずつの60回をすでにこなしてきたわけであります。 基礎体力が著しく低かった乙幡剛に対し、なんとかギリギリ超えられるか超えられないかという絶妙なハードルを課し、ジリジリとトレーニングの量と質を上げていく。言わば、トレーニングの牛歩戦術とでも言いましょうか? パッと見からしてまったく堅気には見えない赤鬼こと本山大鉄ではありますが、乙幡に課しているトレーニングメニューを見る限り、その実、非常に繊細かつ緻密な計算をしているようにも思われます。そして、今日の大ラス。新たに赤鬼がぶっこんだトレーニングメニューは、なんと縄跳び100回であります! それだけ聞くと簡単にも思えますが、一度でも引っかかったら最初からやり直しという厳しい追加ルールが課されております。これに現在、乙幡が苦戦を強いられているわけであります。なんと、次で10回目のトライ! 総回数も500回は優に超えているかと思われます。すでに今日、これまでのトレーニングで縄跳びを回す腕、あるいはジャンプする足にも、ガッツリ乳酸がたまりまくった状態であることは、言うまでもありません。縄跳びすら辛い、それが今の乙幡の本音でありましょう。それだけに、もうミスしたくないところ‼』


「さあ、剛! 残り20! もうミスんじゃねーぞ‼」


 大鉄さんが竹刀で床を叩き、もう今日何度目かわからない激を飛ばす!

 

 朝から酷使している両足は、ほとんど笑ってしまっている状態で感覚も曖昧だ。でも、この縄跳びを終えなければ、今日のトレーニングを終えることができない。だから、満身創痍の体でなんとか規則正しく縄を回し、一定のジャンプすることだけに集中する。

 

 ふと、見渡すと、もうすでに自分たちのトレーニングを終えた選手たちが、僕の周りに集まり始めた。そして、ほとんど自然発生的に僕の縄跳びのカウントが始まった。


「「「ハチジューハーチ! ハチジューキュー! キュージュー! ……」」」


 選手たちにカウントまでされてしまうと、余計、ミスることができない。

 歯を食いしばり、最後の力を振り絞り、縄とジャンプにとにかく集中する。

 が、無情にも縄が僕の左のつま先に引っかかり止まった……。


「「「「あ――――」」」」


 選手たちが一斉にため息を着く。


「す、すみません……みなさん。先に上がってください」


 僕は、そう言って選手のみなさんに頭を下げた。


 すると、小谷さん声を上げた。


「なに言ってんだ! 剛の練習が終わるまでが、斬日若虎道場の今日のトレーニングは終わらない。なあ、みんなそうだよな?」


「「あぁ、そうだ!」」

「「剛はもう俺たちの仲間だからな!」」

「「水臭いこと言うなよな!」」


 そんな声を選手たちが上げてくれた。

 気づけば、僕以外の選手は全員みな練習が終わったようで、僕と大鉄さんの周りに集まってきていた。


 すると、大鉄さんが叫んだ。


「ほぉ、そうか。じゃあ、みんな剛の縄跳びに合わせて、その場でスクワットー!」


「「「「えぇ――――」」」」


 選手たちからブーイングがもれる。


 僕はさらに申し訳なくなって、みなさんに何度も頭を下げた。


「いいんだいいんだ、剛。おまえは、気にすんな! やってやろうぜ、なぁー! みんな‼ 一番後輩の剛が、がんばってんだ! 俺たち先輩が見本を見せてやろうぜ――!」


 小谷さんがそうみなに呼びかけると、


「「「「おぉ――――!」」」」


 屈強な男たちが叫んだ。


 視界が滲み、鼻の奥がツーンとした。


「……ありがとうございます。俺、がんばります!」


 僕は何とかそう答え、気合いを入れてまた縄跳びを飛び始めた。


「「「イーチ! ニー! サーン! ……」」」


 僕がひとつ飛ぶ度、その周りで選手のみなさんが同じくスクワットする。


「「「ゴジュイーチ! ゴジュニー! ゴジュサーン! ……」」」


 なんとか50を過ぎた。選手のみなさんの声も辛そうだ。みなさんもそれぞれに苦しいトレーニングを積んだ後のこのスクワットなのだ。辛くないわけがない。

僕のために、がんばってくれているんだ……。


 僕は最後の力を振り絞り、縄を回しジャンプするという単純作業に没頭する。


 そして、ついにその時は来た。


「「「「キュージューハチ! キュージューキュー! ヒャ―――−ク!」」」」


 僕はもちろん選手のみなさんも一斉に、その場にへたり込んだ。


 そして、誰からともなく拍手が起きた。


 僕は、なんとか立ち上がると、みなさん再度、頭を下げた。


「みなさん、ありがとうございました――!」


『感動的なシーンでした! 選手たちの身を持っての励ましもあり、やりました、乙幡剛! 今日も満身創痍ながら、やり遂げました! 今日も新たな試練に打ち勝ちました――!』


 ――計画12日目、トレーニング成果

 ・ヒンズースクワット:120回(20回×6セット)

 ・プッシュアップ:60回(10回×6セット)

 ・腹筋:60回(10回×6セット)

 ・ロープ登り:10秒しがみつく

 ・ロードワーク:15キロ(早歩き)

 ・縄跳び(新規):100回


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