第4章 僕は、強くなりたい。5
『さあ、一日の始まりを告げるゴングならぬ、早朝5時を告げるスマホのアラームが鳴り響きました!
そんな実況とアラーム音に、僕は強引に起こされた。
まだ半分眠った状態だったが、僕はなんとか上半身を起こそうと試みる。が、次の瞬間、全身がプルプル痙攣するような違和感に襲われた。
アレ? なんだ……これ?
どうやら、体のいたる所が同時多発的に盛大に筋肉痛を起こしているようだ。
太腿、腕、胸、腹、背中。どの筋肉も満遍なく……。
無理もない。
昨日は、ほぼ運動せず甘やかしまくった体に、急激な負荷を課したのだから。
初日だからとか、素人だからとか、高校生だからとか、伊達さんの甥だからとか、そういった手加減の一切は赤鬼こと大鉄さんにはなかった。むしろ、厳しく僕を鍛えることが伊達さんの供養だと思っている節まであり、僕は徹底的にしごかれたのだった……。
それでも僕の物理限界があって、斬日直伝のヒンズースクワットも朝から夕方まで何回にも分け、トータルで100回をなんとかこなすのが精一杯。他に腕立て腹筋は、トータルで30回ずつ。ロープ登りに至っては、1ミリも登れなかった……。
さらに、夕方からはロードワークにも出たのだが、その前のスクワットの影響で足がどうしてもプルプルと笑ってしまう状態でまともに走ることすらできず、あっという間にリタイア。昨日のトレーニングは、そこで時間切れとなり終了となった。
その後、どうやって帰ったのか、あまり記憶がない。
疲れ切った体を引きずるようにして電車に乗り、なんとか自宅に戻ると、スマホの目覚ましだけセットし、そのままベッドに倒れ込んだことを薄っすら覚えている。
気づけば、今朝になっていた。夜に何も食べなかったので、ひどく空腹でもある。が、ベッドから出ようとすると、先ほどから全身を筋肉痛が襲い、ベッドから出るのもちょっとした労力を要する。なんとか這うようベッドを出ると、まず洗面所を目指した。
――今日はもう、道場に行くのやめないか?
途中、そんな囁きが一瞬、脳裏をかすめた。
正直、昨日は伊達さんの策にはまり、大鉄さんのトレーニングを半ば強制的に受けさせられてしまった。が、今日はちがう。道場に行くか行かないかは、僕次第だ。伊達さんはきっと実況口調で「行け行け!」と怒鳴り続けるだろうが、まあ無視すればいい。
でも、どういうわけか「道場に行かない」という選択は選べない気がした。その訳は、おそらく、
『――おい、剛! 一度も抗いもせず、腐ってんじゃねぇ――!』
この伊達さんのこの言葉の影響だと思う。あまり認めたくないけど……。
振り返れば、運命とか宿命とかとすべて決めつけ、逃げてばかりいた気がする。嫌な現実に抗ったり、挑むという選択肢自体、考える前に切り捨てていた。
最初から、無意識にあきらめていたのだ。「どうせ無理だ」と思考停止していたのだ。
だから、この言葉を言われた時、僕は、はっとしたのだ。気づかされ、自覚させられたのだ。嵐が過ぎるのをただ待つばかりで、抵抗することも、その術を考えることすらも最初から放棄してきた自分のこれまでのあり方に……。
――一度だけ、一度だけ……抗ってみよう。
恐れ多くも、僕はそう密かに決意してしまった、らしい。
ネガティブ思考の塊で、空気になりたい症候群の僕には、一大決心だと思う。
きっと僕ひとりでは、変わることは難しかった。いや、無理だったろう。誰かに圧をかけてもらわないと、僕の弱い心はきっと変えられない。いずれにしろ、もしこのチャンスからも逃げてしまえば、おそらく僕は一生変われない気もした。
だから、僕は弱気を振り払うよう冷水で何度も顔を洗った。
『さあ、今日も行け! 乙幡剛‼』
頭の中で、伊達さんが叫んだ。
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