第4章 僕は、強くなりたい。4

「――――!」


 と、若手選手の後から、尋常じゃないオーラを放つスキンヘッドが現れた!


 歳は、60オーバーか。眉間には、おそらく度重なる流血でできたと思われる深い縦皺。現役を退いて久しいと見えるが、それでも体は見事にパンプアップされ、身長も天州さんほどではないが180はありそうな長身。斬日本と朱書された真っ赤なジャージを着ており、手には年季の入った竹刀が握られていた……。


 天州さんもその男には一礼し、挨拶する。

 どうやら、このお方、天州さんよりもさらに年長で道場の重鎮か何かのようだ……。


「まさか、本当に来るとはな……」


 なぜか重鎮風の男は、そうつぶやいた。


 ……本当に来る? なんのこと? 


 すると男は突如、深々と頭を下げ、こう告げた。


「この度は誠に……ご愁傷様でした」


 すると、若手選手たちも天州さんもそれに習い、僕に一礼した。

 これだけの数のレスラーに一礼されると、なんだかむしろ怖かった……。

 顔を上げると、男は続ける。


「私は本山大鉄と申します。伊達さんには……君のおじさんには、生前、この本山、いや斬日本プロレス自体が大変お世話になりました。君のおじさんのご尽力がなかったら、今の斬日本は間違いなくなかった。少なくとも、私はそう確信しています」


 若手レスラーの方々も隣の天州さんも、みな同意するようにうなずく。


「しかし、あまりに早かった……なにも俺より先に逝かなくても……まだ40代、だったよな?」


 同意を求めるように僕を見る、大鉄さん。

 よく知らなかったが、とりあえずうなずいておく。


「君もさぞ寂しかろう……。で、ここに来たということは……君はおじさんに何か聞いていたのかな?」


 そう言うと、大鉄さんは探るような視線を僕に送った。


 ――ん? ん?


「じつはな……君のおじさんが亡くなる、あれは一週間ほど前だったか。見舞いに行った際にな、ある奇妙なお願いをされたんだ。ひょっとすると、伊達さんはすでに死を悟っていたのかもしれない。今、考えれば、あれは遺言のようなものだったのかもな……」


 なんだか嫌な予感がし、僕は唾を飲み込む。

 伊達さんの……遺言?


『――さあ、この男の話、ここから面白くなるわけであります!』

 

 自分の話をされているにも関わらず、伊達さんはむしろ面白がっているかのように実況を続ける。遺言が、面白くなる? ちょっと、まったく話が……。


「もし俺の甥っ子が来たら……手加減せず思い切り鍛えてやってほしい、と」


 ……⁉

 確かに、大鉄さんはそう言った。

 

 いやいや、伊達さん、どんな遺言してんだよ! 

 えっ、じゃあ最初からこの展開見越して?

 いやいや、それは無理なはず! じゃ、なんで⁉ 


『ドカ――――ン!』


 はっ?


『私、伊達が生前に仕掛けた時限爆弾が今、まさに炸裂したわけであります! このように死後をきれいに見越した策を立案できた、生前の自分が末恐ろしいわけであります‼』


 なんですか、それ! そもそも、伊達さんの甥っ子って……。


『リアルな甥っ子は、まだ4歳の男の子なのであります!』


 はぁ――――⁉


 僕が脳内でパニック気味にツッコミを入れていると、なんだか感極まった感じの大鉄さんが、ぐっと、いきなり顔を近づけてきた。思わず、腰がのけぞる。


「君、名前は?」


 大鉄さんは、低い声で尋ねてきた。


「乙幡……剛です」


「剛か、いい名だ。いくつだ?」


「16……です」


「高校生か?」


「……はい」

 聞かれるままに答える。


「じゃあ今は夏休み……か?」


「えぇ……まあ」

 なんだか嫌な予感が加速する。


「何か部活でも、やっているのか?」


「……特には」


 と、大鉄さんは静かにうなずき、急に叫んだ。


「伊達さんの最後の頼み、この本山大鉄が聞き入れたぞ! よーし! この夏、君のことを思いっ切り鍛えてやる! これも供養だ、全力行かせてもらう! 君も本当はそのつもりで来たんだろ?」


「いやいや、そんな気はまったく……」


 僕は即座に否定したが、


「そんなこと言って、ジャージ姿で来てるじゃないか! 隠さなくてもいい。いい心がけじゃないか? さすがは、伊達さんの甥っ子だ!」


「いや、だからこれはですね……」


 ……って、まさか、これが伊達さんの言う「乙幡剛、若虎ヤングタイガー計画」の全貌⁉


『ご明察! さあ、あとは斬日本のと言われた、斬日本の現場監督、大鉄さんにお任せするのみであります!』


「赤鬼⁉」


「なんだ、そのあだ名まで知っているのか? じゃあ、話は早いな。善は急げだ! 早速、始めるぞ! 斬日イズムを徹底的に、君に注入してやる‼」

 

「はっ? えっ! えぇ―――――――――――――――――!」

 

 僕の叫びは届くことなく、大鉄さんのぶっとい腕で僕は道場の奥に引きずられていった……。

 

 なぜか、その様子を見て、若手レスラーの方々は白い歯をこぼし拍手し、

「ようこそ、斬日へ!」

「大鉄さんのシゴキはハンパないぞ!」

「がんばれ! あの伊達さんの甥っ子なら大丈夫だ‼」

「よろしくな! あとで一緒にちゃんこ食おう‼」

 と引きずられる僕に告げた。


 いやいや、そんな歓迎してくれなくていいんで!マジで! 

 むしろ、部外者出て行けと言ってほしいんですけど――――‼


 やはり、そんな心の叫びも届くことなく、僕は直後からまさに赤鬼の怒涛のトレーニングの渦に飲み込まれていったのだった……。

   

  ――計画1日目、トレーニング成果

  ・ヒンズースクワット:100回(20回×5セット)

  ・プッシュアップ:30回(5回×6セット)

  ・腹筋:30回(5回×6セット)

  ・ロープ登り:できず

  ・ロードワーク:30メートルでリタイア

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