第4章 僕は、強くなりたい。3

「――⁉」


 途端に、天州さんの表情が一変した。

 そして、いきなり……涙ぐみ始めた。


 いやいやいや! えっ、どういうこと? 


 天州さん、なんか泣きそうなんですけど! 

 伊達さん? 伊達さん! 聞いてます――? 

 僕は心の中で伊達さんに問いただす。


 が、直後、僕は天州さんのぶ厚い胸板にいきなり抱かれた!


 視界も呼吸も、完全に奪われる。

 耳からは、泣き叫ぶ天州さんの謎の声だけが聞こえた。


「伊○△✕○△✕○△✕○△――――‼」


 どうでもいいんですけど、息が……。

 

 まさに窒息寸前、なんとか開放されると、視界には目を真っ赤にした天州さんがいた。それから、天州さんは道場の扉を軽々と開けると、一緒に入るよう促した。


 えっ、いいの? 部外者立入禁止じゃなかったの?


 全然わからない流れだったが、天州さんが「入れ」と促す圧が半端なかったため……恐る恐る中の様子をまずは覗いてみた。


 中には、若手と思われるレスラーの方々が10名ほどいるように見えた。

 みな虎のイラストが描かれたTシャツを着て、すでにトレーニングに汗を流していた。

 

 しかし、僕の隣の天州さんを見つけると、若手レスラーの方々はいきなり練習を中断し、その場に直立不動になった。そして――


「「「「――おざ――っす!」」」」

  

 気合いの入った体育会系挨拶が道場内に響いた。


 さすがレスラーだけにみな総じてガタイがよく、そんな10名ほどが一斉に立ち上がり挨拶するものだから、異常な迫力があった。同時に、天州さんの隣にいる僕を見つけると「アイツ誰?」的な視線が一気に注がれる。

 

 そりゃ、そうだろうよ……どう見ても部外者だし。

 その視線がいたたまれず、僕は思わず顔を伏せた。


 しかし、天州さんが、

「伊○△✕○△✕○△✕○△――――‼」

 と、また何を言ってるかわからない声音で叫ぶと、


「――マジっすか! 天州さん⁉」

「――つい最近、急逝したあの伊達アナの……」

「――甥っ子さんですってー⁉」

 と、若手レスラーのみなさんが、一様に驚きの反応を示す。


 てか、今の天州さんの言葉、聞き取れたんですか――⁉


 僕は、どちらかというと天州さんの言葉を即座に理解した若手レスラーの方々に驚いていた。

 そして、道場にいた全員が一斉に駆け足で僕の周りに集まってくる!


 いやいや、いいですって! 集まるとスゴいんですよ圧が! みなさんの圧が‼

 いったい、これどういうことですか? 伊達さん? 伊達さん!


 そんな僕の心の問いかけに、伊達さんはまったく反応することなく、

『――さあ、若虎たちが乙幡剛の周りに集まってまいりました! これは、美しい光景であります! さながら甲子園の優勝投手の周りに集うチームメイトのような爽やかな光景であります!』


 いやいや、まったく爽やかとかじゃないですし!

 むしろ、スゴいんですって! 圧が‼


 すると、駆けてきた選手たちは、


「ジブン、伊達さんには本当にお世話になったっす!」


「新人で食えない頃、ジブンもよくメシに連れて行って頂きました!」


「ジブンらのようなペーペーにも、別け隔てなくやさしい方でした……」


「ジブン……ジブン……マジで……残念す!」


 などと、口々に伊達さんとのエピソードを僕に語ってくれた。

 中には、天州さん同様に目を真っ赤にする選手も少なくなかった。

 若干の後ろめたさを覚えるほどに、選手たちは消沈していた。


 そういえば、伊達さんって斬日本プロレスの実況で名を上げたんだったよな、確か……。でもこうして話を聞くと、伊達さん、斬日本のみなさんに本当に愛されてたんだな。


 僕は、生前の伊達さんの人望を、思わぬかたちで知ることになった。

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