第4章 僕は、強くなりたい。2
時計は、午前9時を少し過ぎていた。
僕は伊達さんに指示された、某駅に降り立った。
『かつて、人類で最初に月に降り立ったアームストロング船長は「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」と語ったわけでありますが、乙幡剛もついにこの約束の地に偉大な一歩を踏み出したわけであります! さあ、まずは東口改札を行け! その先の道も道なりに。迷わず行けよ、行けばわかるさ! であります‼』
もう破れかぶれで、その指示に従った。
歩くこと約10分後。
ちょっとした倉庫のような佇まいの建物の前にたどり着いた。
その正面の扉を見て、僕は唖然とした。
〈斬日本プロレス若虎道場〉
扉には、確かにそう書かれていた……。
「……はっ?」思わず、腑抜けた声が漏れた。
『さあ、ついに、やって参りました! 新人レスラーの聖地こと、斬日本プロレス若虎道場、通称「虎の穴」であります‼ この前に立ちますと、自然とあの一節が思い出されるわけであります。「このこの門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ」。イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーの『神曲』の一節であります。果たして、乙幡の目の前にあるこの扉は、彼にとって地獄の門か? あるいは天国の門か⁉』
「いやいや、伊達さん、これどういう――」
と、背後から超低音のかすれ声で、正直、何を言ってるのかさっぱりわからない声が降ってきた。
「――✕○△✕○△✕○△✕○△だ! 出○✕け‼」
とりあえず、最後は「出て行け」と言ったんじゃないだろうか。
かろうじて推測されたが、その前はマジで何を言っているのかわからなかった……。
しかし、振り返ると、そんな些細なことなど吹っ飛んだ。
それだけ、インパクト抜群の存在がそこに屹立していたからだ。
正確には、2メートルは優に超える金髪の大男だ。
……⁉ 驚きのあまり、声も出なかった。
『おっとー! いきなりのエンカウント! まさかのレジェンドレスラー天州力一に、第一次接近遭遇であります‼ さすがは、乙幡剛! やはり、もってる男であります! さあ、いきなりあの天州と一戦交える構えでありましょうか⁉』
いやいや、交えない交えない! 内心で全力否定する。
しかし、言われてみれば、その顔に見覚えはあった。
確か有名なレスラーだ。昭和から活躍している大ベテランだったはず……。
「関係○△✕○立ち△✕禁△だ!」
再度、超低音のかすれ声が降ってきた。
これでようやく「関係者以外、立入禁止だ!」と言われていると推測できた。
僕はもっともだと思い、ペコリと頭を下げる。
そして、天州さんの脇を抜けると、さっさと退散しようとしたが――
『――ちょっと待ったー、乙幡剛! これで帰ったら計画が進まないわけであります! ここは一言「伊達一郎の甥です」と天州に告げるんだ、乙幡剛!』
……はっ? それって嘘ですし――
『――いいから「伊達一郎の甥です」と言うんだ! 乙幡剛‼』
でも――
『――いいから、リピートアフターミー‼』
あぁー、もう! 半ばやけくそになって、天州さんに言った。
「えっとですね……僕、伊達一郎の甥……なんです」
最後はその反応を探るように天州さんを見上げ、つぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます