第2章 僕は、風になりたい。3

『さあ、助走を踏み出したぞ! その恵まれた巨体が左右あるいは前後に揺れて、一歩一歩、加速していく! さぁー、ロイター板ミルフィーユが見えてきた! 見えてきたぞ! そして、思いっ切りそのミルフィーユを踏み込んっ――』

 

 ――ババババババキッ!!


『あぁ――――っと! なんてことだぁ―――――――――――――――!』


               ◇


「――すみませんでした」


 もう何度目かわからない謝罪の言葉を僕は重ねた。

 目の前には、体育教師が鬼の形相で立っている。

 もうかれこれ30分近く、僕はこの教師に説教を受けていた。


 体育館には、もはや僕とこの教師のふたりだけ。

 3on3をしていた生徒たちも、とっくに帰っていた。


 教師は、やはり何度目かわからない盛大なため息をつくと、

「なあ乙幡、やっぱり解せんのだが……なんでこんなことをした?」

 ちょっと可愛そうなものを見るような目で聞いてきた。


 すべて伊達さんという浮遊霊のせいです、などと言えるはずもない。

 仕方なく、ただただ神妙に答える。

「すみませんでした」


「そろそろ、こんなガキっぽい悪戯からは卒業しろ、乙幡。もう高校生なんだぞ?」

 先生、いちいち、ごもっともです。僕自身、いたくそう思います。


「はい、本当にすみませんでした!」

 再び頭を下げると、無残に破砕されたロイター板が視界に入った。


 結論から言うと、スラムダンクは大失敗だった。

 というより、ダンク以前の問題だった。


 跳躍力を増そうと三段重ねにしたロイター板が、助走をつけ思い切り踏み込んだ僕の体重に耐えかね、見事に破砕されたのだ。


 その瞬間、僕の右足はロイター板を二段まで貫き、さらに体全体は盛大にスライディングするような格好になり、尻やら肩やら全身をひどく打ちつけて、ようやく停止した。


 当然、体育館内にもかなり大きな音が鳴り響いた。何事かと3on3をしていた生徒たちが駆け寄ってきて、とりあえず僕をロイター板から救出してくれた。が、僕を救助した直後、生徒たちは僕のその状況を見て、思い出したようにを始めた……。


 さらに、騒ぎを聞きつけ体育教師も駆けつけてきた、というのが事の次第だ。

 

 ―――正直、痛かったし、イタかった。いろんな意味で……。

 

 それからもしばしの説教が続いた後、僕はようやく解放された。

 不幸中の幸いだったのは、ロイター板のうち一枚だけは無傷だったこと。加えて、破損したロイター板についても弁済を求められなかったことだ。

 

 元々、壊れたロイター板は、かなり古いもだったらしく、近々取り換える予定だったらしい。たっぷり、お灸こそ据えられたが、保護者である叔母さんに連絡が行ったり、迷惑をかけたりすることもなく済み、その点だけは本当に助かった。 


 ちなみに僕が叱られている間、伊達さんはどうしていたかというと、やはりその状況すらも嬉々として実況していて、


『――あっとー、怒っているぞ、この教師! 出るか? 出てしまうのか? 鉄拳制裁か⁉ かつて、昭和の学園ドラマでは、教師による鉄拳制裁は愛のムチとも称され、名シーンとなるほど、あたりまえの時代もあったわけであります。しかし、昨今はSNSなどによる炎上、コンプライアンスの諸問題、あるいはモンスターペアレンツの台頭など、時代は大きく移り変わりました。教師による暴力は完全にご法度、下手したら、暴行でお縄の時代であります! つまり、暴力を振るったら最後、安定した公務員生活に別れを告げ、家族も路頭に迷うはめになるかもしれないわけであります! そんなリスクと怒りを天秤にかけた結果、どうやらこの教師、矛を収めたようであります!!』

 とか、訳の分からないことをまくしたてていた……。

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