第2章 僕は、風になりたい。4
翌日。
まだ全身のあちこちが昨日の影響で痛むなか、その体を引きずるようにしなんとか登校し教室に入った。と、なにやらクラスの視線を感じた。
僕はその視線を避けるように顔を伏せ、文庫本を開くと、始業までの間、その本に集中している
が、次の瞬間、クラスメイトのこんな囁きが聞こえ愕然とした。
「アイツ、昨日の放課後、体育館でロイター板粉々にしたらしいよ」
「あのデブ、やっぱ頭おかしいヤツだったんだ……」
「なんか、ダンクシュート? しようとしてたらしくてさ」
「プッ……マジで⁉ デブのくせに?」
「飛べないブタはただのブタだ的な?」
「ダメだよ、笑ったら頭おかしい嫌がらせされるかもしれないよ!」
最後の一言は地味にこたえた。
昨日の噂が、もう伝わっているとは……。
僕は顔を机に突っ伏すと、ばれないように深い深い溜息をついた。
◇
二日後。
期末テストを翌日に控えた、その日の放課後。
僕はジャージに着替え、グラウンドに立っていた。
放課後を告げるチャイムが鳴ってから、すでに一時間半が経過している。
すでに夕日も、かなり傾いていた。
さすがにテスト前日ということもあり、校内にもグラウンドにも、もはや生徒たちの気配はない。その状況を確認し、ひとりうなずくと、僕はグラウンド横の用具倉庫に向かった。
倉庫に入ると中を見渡し、お目当ての
あった。
目当てのものは、すぐに見つかった。
僕はそれを、両手で引きずるように引っ張る。
想像以上に重く、両腕にズシリと重みが伝わった。
ていうか、コレ、ひとりで持っていけるのか……?
『さあ、我らが乙幡剛が、放課後のグラウンドにやって参りました! 斜陽がその地面をオレンジ色に染め上げております。この景色を見るだけで村下孝蔵さんの名曲「初恋」の一節を思い出してしまう私はおじさんでありましょうか? 「好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心 放課後の校庭を走る君がいた」そんな歌詞が脳裏に浮かんでは消える。いや、私の場合、脳裏ではなく正確には霊裏でしょうか? さて、この歌詞のような青春の甘酸っぱさも、センチメンタリズムもまったくない、むしろリアルに酸っぱい異臭が立ち込めるグランド横の体育倉庫の中に、乙幡剛はひとり入っていったわけであります。おっと? 乙幡、何かを引っ張っぱり始めたぞ? これは……いわゆる走り高跳び用のマットでありましょうか!?』
また白々しいことを……。
内心でツッコミを入れる。
例のスラムダンクで負った心と体の痛手がまだ癒えない中、僕は再び、伊達さんが語った「成仏できそうな実況シーン」の再現に挑もうとしていた……。
無謀だと思うし、本音を言えば、やっぱり、ものすごく、やりたくない。
『さあ、乙幡は、いったい何の目的で、このクソ重そうな走り高跳び用のマットをわざわざ引きずり出そうとしているんでありましょうか?』
引き続きの白々しい煽り実況を聞きながら、僕はもはや諦観を決め、黙々と準備を進めた。
5分ほど重いマット引きずり、ようやく目当てのポジションに設置した。
振り返れば、倉庫からここまで、マットを引きずった軌跡がきれいに地面に残っていた……。
この時点ですでに汗だくで、着ていたジャージの袖で額の汗を拭った。
視線の先、約10メートルほど先。白いサッカーゴールが見えた。
『なんだなんだ? 乙幡は、なぜ
いやいや、企むというより、元々、あなたのリクエストでしょうが……。
伊達さんは嬉々とした声で実況を続ける。
『おっと? 再び乙幡が倉庫に戻っていきます。何か忘れものでもあったのでしょうか? あっ! なんと、サッカーボールを手に取ったぞ? まさか……これは国民的サッカー漫画「キャプテン翼」で言うところの「ボールはともだち」アピールでありましょうか⁉』
マジなに言ってんだ、この地縛霊……。
僕は心底
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