第2章 僕は、風になりたい。1

 翌日、放課後。

 僕は体育館にいた。


 授業でもないのに体操着に着替えて、だ。

 今日これまでの時間は、それこそ空気を装うがごとく教室の中で身を潜めてやり過ごした。


 時々、新垣さんの取り巻きの女子たちの冷めた視線を感じはしたものの、あとは執拗な伊達さんの実況による煽りをなんとか堪え、からくも放課後を迎えた。やはり、どっと疲れた。


 しかし、ここからが今日のなのだ。

 ちなみに、今日は期末テスト直前で、全部活が休みだった。

 だから、普段ならバスケ部やバレー部がいるはずの体育館もガランとしていた。

 唯一、僕とは別のクラスの一年男子数人が制服のまま、3on3をやっていた。

 一方の僕は、彼らが使うバスケットゴールと反対側のゴール前にひとり立っていた。

 僕はそのゴールを見上げ、心の内でつぶやいた。


 やっぱ、それなりに……高いな。


 僕はすぐに踵を返すと、体育館に併設された倉庫に向かった。

 そして、倉庫内に入ると中を見渡し、お目当てのものを探した。

 あった。

 目当てのものは、すぐに見つかった。

 僕はそれを両手で、黙って持ち上げた。結構、重い。

 まったく、なぜ僕がこんなことを……。


『さあ、我らが乙幡剛! 放課後の閑散とした体育館、そこに併設されました倉庫にやって参りました。学園ラブコメなどでは、こういった倉庫になぜか男女が偶然、閉じ込められてしまうというお約束イベントが発生したりしまして、キャッキャウフフの展開になったりするわけでありますが……そのような気配は一切ございません! そもそも現在、この倉庫にいるのは乙幡剛、ただひとりであります。おっとー! 乙幡、いきなり何かを持ち上げたぞ? これは……いわゆる跳び箱で使う踏切板、ロイター板でありましょうか!?』


「……白々しいこと言わないでくださいよ」

 倉庫内に誰もいないのを確認すると、僕は伊達さんに声を出しツッコんだ。

 そもそも、今、僕がしようとしていることは、昨晩、伊達さんが怒涛のごとく語った「名実況が生まれそうなシーン」のひとつの再現なのだから。すごく、やりたくないけど……。


『さあ、乙幡は、いったいなんの目的でロイター板を手に取ったのでありましょうか!?』


 伊達さんは、僕の声を完全無視し、喜々とした声で実況を続けた。

 僕は、やれやれと思いつつも、倉庫を出て準備を続けた。

 ロイター板をバスケットゴールの手前、一メートルほどのところに設置する。

 そして、試しに軽く助走をつけ、ロイター板を踏み切ってジャンプしてみる。

 飛んだ瞬間、見上げると、ゴールネットはまだ遠くに見えた。

 足りないようだな……一台じゃ。


 僕は再び倉庫に戻ると、ロイター板をもう一台取ってきて、先ほど置いたものの上に重ねた。

 そして、先ほどと同じく軽く助走をつけ、二枚重ねのロイター板を踏み切ってジャンプしてみた。今度は上方に伸ばした手がゴールネットに微かに触れた。先ほどより、だいぶ高く身体が浮かび上がり、内心ちょっと焦ったが、どうにか着地はできた。

 ただ、体重80キロ近い僕に踏まれたロイター板×2が、思いのほか大きな音を立てた。


 振り返ると、予想通り3on3をしていた面々がこちらを振り返っていた。

 皆一様に


「――あのデブ、なにやってんの?」


 的な冷たい視線だった……。

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