第1章 僕は、空気になりたい。3

 新垣さんのその短い叫びが、まるでスローモーションのように認識された。

 何十枚ものプリントが、僕の眼前をハラハラと舞い上がった。

 結果的に、僕は廊下に盛大にプリントをぶちまけてしまった……。

「……あちゃー」

 視界を塞いでいたプリントがなくなり、ようやく見えたのは、床に散らばった膨大なプリントを呆然と見つめる新垣さんの表情だった。

 やらかしてしまった……。今日は本当に色々とうまくいかない。

「ごごご……ごめん!」

 僕は大きな図体を小さく折り曲げ、何度も新垣さんに頭を下げた。

 同時に、すぐさま床に膝をつきプリントを拾い始めた。

 新垣さんも僕の隣にしゃがむと、ため息まじりにプリントを拾い始めた。

 その姿に、僕は再度、頭を垂れる。

 と、前方から駆け足で近づいてくるひとりの男子生徒の長い足が見えた。

 地獄に仏。この窮状を見て、誰か助けに来てくれたのだろうか?

 その男子生徒は僕でなく、まっすぐ新垣さんの方にやってきて、

「大丈夫? 拾うの手伝おうか?」

 と声をかけた。 

 僕もその声に男子生徒の顔をおもむろに見上げた。


 ――!

 

 その瞬間、背筋に戦慄が走った。

 そんな……赤坂が……なぜ?

 6年の歳月が経ったが、僕がこの顔を忘れるはずもなかった。

 確かに、その顔には6年分の成長が伺えた。が、間違いなく赤坂だと僕は数秒で確信した。

 

――なぜ……どうして⁉


 赤坂は僕が小5の時、突然、親の都合で確か他県に引っ越していったはず。

 なのになぜ、あの赤坂が……この高校に?

 僕はあまりのショックに呼吸が不規則になり、徐々に過呼吸になった。

 そして、ついには意識までもが朦朧としてきた。ほとんど四つん這いの状態なのに、沈没する船に乗っているかのように世界が左右に大きく揺れ始めた。

 久しぶりに、胃から酸っぱいものもせり上がってきた。

 こらえきれず、ついに僕はその場に倒れこんだ。


「乙幡くん? 乙幡くん! 乙幡く――――ん!」


 最後に見たのは、僕を心配そうに覗き込む新垣さんの表情だった……。

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