第5話 自分……?
次の新月の夜がやってきた。
春子の髪はすっかり赤色に染まりチリチリになっていた。
美容室でなんとかしてもらおうとしたが、染めても全く色が入らず、うねりもそのままだ。
真っ赤な髪では会社に出勤できない、と最近は会社を休んでいる。
今日は店を出しているだろうか、とそのためだけに家を出る。
あの店のものを食べるたびにおかしなことが起きている気がする。怖い、と心の奥底で思うものの春子はあの食べ物を食べたいという気持ちが抑えられない、食べたいという欲求で頭がいっぱいで、引き換えにするものがいったい何なのか、考える余裕はすでになくなっていた。
店についた。
老婆は終始無言だったが、なにか諦めたような雰囲気が伝わってきた。
家に帰ってドアの前で一気に頬張る。
──布団に寝ている。ゴホゴホと咳をしている。
弟が戸を開けて部屋に入ってくる。
「うつるから入ってくるな・・・」
「これ、もらったの。兄ちゃんにあげる」
弟が持っていたものを見せる。だが、熱が出ているのか頭がボーっとして見られない。
「食欲ないから、お前が食べい」
「でも・・・」
「いいから」
そう言うと弟は部屋から出ていった。
──もうそろそろだね、と老婆が春子に語りかける声がした。
──気づくと玄関で倒れていた。春子の部屋だ。
窓の外は明るい。嫌な予感がして鏡の前に走っていく。
真っ赤な髪と鼻はおいといて、大きな変化はない。あくまでも『大きな』だ。
唇がいつもより少し赤みを帯びている。これぐらいなんてことない、と自分をごまかした。会社にも行ってないため、その日は布団に入って春子は寝てしまった。
その日から春子は鏡を見ることが怖くなった。洗面所の鏡は布で覆い、手鏡など持っている鏡は全部、ガムテープでぐるぐる巻きにして引き出しの奥にしまった。
もっと怖いことが起こった。
ポストに入っていた郵便物を手に取ったときのことだ。なんてことないダイレクトメールだった。宛名に『鈴堂 春子 様』と書かれていた。
誰だ?と春子は思った。郵便屋さんが間違えて入れたのか、と。
しばらく考えて鳥肌がたった。これは間違いなく自分の名前だ。自分の名前を忘れるなんて。
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