第4話 もう戻れない

 早く食べたくて急いで家に帰ってきた春子は、部屋着に着替える間も惜しんで買ったものを口に放り込む。

 やっぱり、美味しい。良い意味でこの世のものとは思えないような味だ。やみつきになる。

 そして後から、焦げ臭いような匂いがしてくる。

 また、頭に映像が飛び込んできた。

 ──目の前で家々が燃えている。火のついた何かが空から次々と降ってくる。自分より背の低い男の子の手を引いて必死に走っている。

 ──春子は我に返る。

 今のは・・・映画などで見たことがある光景だった。

 空襲だ。男の子は頭巾を被っていた。前回芋を食べていた子と同じ子だった。

 春子はピンとくる。もしかして私は、誰かの記憶を見ている?

 手を引いていた男の子の兄である子の記憶・・・。

 老婆の店で買ったものを食べると、誰かの記憶が見える?

 そんなことがあるのだろうか、そんな、非現実的なことが。

 まただ。急に眠くなってきた。その場に寝転がり瞼を閉じた。

 

 ──あの時と全く同じ夢を見た。

 店にいる老婆とは違う声の老婆が「今回も貰っていくよ」とだけ言って去っていく。

 

 目が覚めた。引きとめる間もなかった。

 もう朝になっている。床で寝たためか、体のあちこちが痛い。

 よろよろと洗面所にいき鏡を見ると、髪色が明るくなっているように感じた。さらに、髪の毛が若干だがうねっている。髪を染める習慣もないのに。

「疲れてんのかな、ストレス?」

 記憶が飛ぶのもシワが増えるのも髪が傷んでいるのも働きすぎて疲れているのだ。あんな上司がいればストレスがたまるのも頷ける。そう春子は納得して朝の支度を始めた。

 

 異変はそれだけではなかった。

「おい、鈴堂」

「はい、えーと・・・」

 呼ばれて返事をしたものの、この人の名前が思い出せない。上司であることは間違いない。

「なんだ、どうかしたか」

「いえ、なにも」

「仕事ができないんだから、返事ぐらいハッキリしたらどうだ?ガハハ!!」

 こいつのことは嫌いだ。それだけははっきり覚えているのに、と怒りと困惑をおりまぜた感情がぐるぐるまわる。

 

 

 日がたつにつれ、春子の髪はどんどん明るくなりチリチリになる。上司も同僚の名前も思い出せなくなってきていた。

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